己を怨む者。

罪なき罪を犯した者。



調べれば調べるほど。

ヒトの欲というものを、思い知る。




「…輪入道」


「…あいよ、お嬢」



閻魔あいの言葉に、輪入道が微笑みかける。
そして彼の赤いマフラーを握り、首にきっちりと巻く。
次の瞬間、彼の姿は消えていた。



「消え、た」



先程まで目の前で微笑んでいた老人は一瞬にして消えた。
は目を瞬かせて、彼がいた場所を見る。
種も仕掛けもない。
代わりに、閻魔あいの手には1つの藁人形が握られていた。



「受け取りなさい」



差し出される藁人形。
何だろうとあいを見ると、彼女も真っ直ぐにを見つめている。
受け取らなくてはいけない。
そんな気がして。

腕の中の子猫を一目蓮に渡す。
そしては黙ってそれを受け取った。
手の平に伝わる、藁の感触。
よく見れば、それの首元には赤い糸が巻かれている。


何となく連想させる。
赤いマフラーを靡かせた、消えた優しい微笑みの持ち主。



「……輪入道さん?」


『おや、バレちまったかい』


「あ、当たった?」



問いかけてみれば、返ってきた返事。
しっかりとその藁人形から聞こえてきた男性の声に、は驚きつつも笑ってしまった。
しかし、目の前にいる少女がじっと真剣に見つめている。
はすぐに笑いを引っ込めた。

小さな口がゆっくりと開かれる。
紅の綺麗なあいの瞳は藁人形に注がれた。



「貴女が本当に恨みを晴らしたいのなら、この糸を解けばいい」


「………」



あいの言葉に、はすぐに藁人形の首元を見た。
どこからかの風に赤い糸が靡く。
リボン結びのそれはすぐに解けそうに見えた。



「糸を解けば、正式に私と契約を交わしたことになる。恨みの相手は速やかに地獄に流されるわ」


「…そう」



は、その言葉を聞いて優しく微笑んだ。
そして、ゆっくりとその人形、輪入道を撫でる。

慈しむように。
愛しむように。



「……



隣から一目蓮の声が聞こえる。
その感情はその声からは察することが出来ない。
けれど、の微笑みは増すだけだ。



「ただし」



あいの声が聞こえる。
はその声に、顔をあげた。



「恨みを晴らしたら、貴女自身にも代償を支払ってもらう」


「代償…?」



代償、という言葉にの顔は少し歪む。
一体何だというのだろう。
これ以上、誰かに迷惑をかけるのであれば考えなくてはならないかもしれない。
の顔が歪むと同時に、あいの口が開かれた。



「人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、貴女の魂も地獄に落ちる」



紅の瞳と紅の瞳が交わる。
紅い世界に溶け込みそうな瞳。



「っ!!?うあぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁっ!!!!!」



同時に感じる身体中に激しく走る激痛。
自分の身体がバラバラに砕けていく。
肉と骨が引き裂かれ、血を感じられないほどに紅くそまるソレ。
マグマの中に堕ちて、焼ける間もなく溶けていく。



「いああああああああぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!!!!!」



呼吸ができない。

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
痛い痛い痛い痛い痛い。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

無限に続く激痛、熱さ、苦しみ。
涙は流れても流れてもその熱さにすぐに蒸発して。
己の肉が焼け、溶けていくことを身をもって感じることしかできない。
それが延々と続く。



「あぁあぁぁぁあああああぁあぁっ!!!!!!!!!」



大声で叫ぶ。
叫ぶしか、ない。


瞬間、フと、何も感じなくなる。
目を開けると、は紅い世界に戻されていた。
どさりと崩れ落ちる己の身体はまだ人間の、先程までの自分を保っていて。
流れ落ちる汗や涙は蒸発することはなかった。



「…はっ…はぁ…はぁ…」



息が乱れるのを整える。
痛みはもう感じないが、その感覚は身体や心にはこびり付いたまま取れることはない。
己の身体を抱きしめて、意識を保つのに精一杯だ。



「今のが、地獄だよ」



後ろに下がった骨女が声を出す。
その隣からは「今のは幻だけどな」と一目蓮が続ける。
どうやら、いつの間にかあいが、二人に下がっているように命令していたらしい。
身体中から溢れ出す汗を、は感じながら虚ろな瞳を動かした。

後ろの二人は、何も感じていないかのようにその場に立っていた。
が、どこか少し、顔に翳りが見えて。
一目蓮の持っている子猫は、悲しそうに一声あげる。


はそんな後ろの人たちを見て。

ゆっくりと笑ってみせた。