地獄を体験した彼女は笑っていた。
その姿を見て、分かることがある。


(お前は、糸を引くんだろうな)


予感、ではない。
確信。

一目蓮は目の前で跪く少女を、複雑な感情で見ていた。


思えば、ただの依頼人なのに。
自分はただの興味で近づいただけだというのに。

それなのに、何がどうして。
自分の心が揺れるのか。
の表情1つで揺さぶられるのか。

本人にも分からない。
誰かに訊いたところで分かるはずもない。

どうしようもないソレは、ただ、心を掻き乱すだけだ。


地獄少女の遣いとしては、の魂がどうなろうと知ったことではない。
関わるべきではない。

それなのに。


(…なんだかなぁ)


糸を引くのは彼女で。
彼女が怨んで、地獄に落したいのも彼女で。
どちらにしろ彼女が逝く先は地獄。

出来ることなら。

出来ることなら糸を引かないで欲しい。
出来ることならどんなに辛い現実でも生き抜いて欲しい。
(そんなことを思うと、自分に何が分かるって気がするが)
出来ることなら、糸を引くとしても怨む対象を『アイツ』にしてやりたい。

出来ることなら。


できることなら、いっそのことここで…。



「……あとは、貴女次第よ」



閻魔あいが、自分の正面で崩れ落ちたに向かって紡いだ言葉。
一目蓮は綺麗な声に、ハッと意識をこちらへと戻した。
その言葉は『地獄少女』として、多くの怨みを持つ人たちに向けて放っていたいつものソレ。
特に感情が入っているわけでもなく、淡々とした口調。

話は終わった。

そう思わざる終えない言葉に、はゆっくりと顔をあげた。



「待って、あい」



震える声で、閻魔あいを呼び止める。
まだ地獄の余韻が残っているのが、自身が分かっていた。
身体もまだ震えが止まらないし、汗は冷たく入院患者の服
を濡らしている。
それでも声をあげたのは、まだ訊きたいことがあったからだ。
から目を背けようとしてたあいは、紅の瞳を彼女へと戻した。



「なぁ、あいはこう言ったよな?『人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、貴女の魂も地獄に落ちる』って」


「…言ったわ」



その言葉も『地獄少女』の彼女が言った言葉。
決められた、台詞のようなもの。
当たり前のようなもの。
何幾度その言葉を、人を怨む人たちにかけてきただろう。
数えることは、愚か者がすることだろう。

何せ、数が数なのだから。



「訊きたいことがあるんだ」



涙はもう流れていない。
真剣な瞳があいの瞳を貫く。
あいは何も言わず、の言葉を静かに待つ。



「『人を呪わば穴二つ』。その『人』には『自分自身』は含まれている?」



風が、あいの長い、綺麗な黒髪を靡かせる。
同時に、の銀色の髪も。
一目蓮と骨女の黒髪も揺れる。


あいの瞳がゆっくりと細められた。


の言葉の意味。
考えずとも明らか。
報告と照らし合わせれば簡単なこと。



『自分を呪うことは、できるかな?』

『出来たとしたなら、穴は幾つかな?』

『それは、どうやって埋めればいい?』

『俺の魂だけで、償えるかな?』


それだけの言葉が全部詰め込まれている。
一言に、全部。



「…なぁ、



一目蓮が声を出す。
答えるのはあいだと考えていたは、予想外の声に驚きつつも、冷静に後ろを振り向いた。



「何?」


「………どうしても、己を怨まなくちゃいけないのか?」


「ちょ、ちょいと一目蓮?」



が聞き返せば、一目蓮からの予想外の言葉。
それに驚いたのはもあったが、隣で聞いていた骨女が一番驚いていた。
ちなみに、の手に握られている藁人形、輪入道も静かに驚いていた。


『地獄少女の遣い』。
その立場として、私情を挟むことはできない。
また、依頼人の考えることに口を出してはいけない。

それなのに。
一目蓮は口を出してしまっている。



「別に、お前じゃなくてもいいんじゃないのか?怨む相手がいるとするならさ、『アイツ』の方がいいんじゃないのか?その方が…」


「一目蓮!」


「だってその方がだって『アイツ』に捕らわれることいし、お前のせいで誰も死ななくなるだろ」


『一目蓮、言いたいことは分かるが、もう言わない方がいい。俺達にゃあ、そんな権利はない』



一目蓮の言葉に、骨女は制止を促し。
輪入道は藁人形のまま、優しく、しかし厳しく声をあげた。

しかし、どんなに咎められようと、一目蓮の瞳がから動くことはない。
片目なのに、眼力は強いように感じる。
はその瞳を見つめ返し、微笑んで口を開いた。



「…有り難う。でも、『アイツ』を地獄に落したところで、何も変わらないんだ」


「なんで…」


「…遣い、なんだろ?俺のこと調べたんなら……分かるハズだよ」



『アレ』に悩まされるようになったは、何もしなかったわけじゃない。
抵抗した時期があったのだ。
抵抗すればするほど、自分が傷つくと分かっていても。

誰かが死ぬと分かっていても。


『アイツ』の正体に辿りついたのも、その時期に懸命に調べ尽くしたから。
血を辿れば、己の親戚にあたる『アイツ』は今や日本の将来を担う重要なポジションの人。


そして驚く。

というただ一人の人間。


そんな一人の『アレ』を真実にするための大きな組織が在ること。
それが日本、いや世界の1つの重要なプロジェクトだということ。


世界の全ての機関を巻き込んでいる自分。
自分が動くと、彼らも動いて誰かを殺害していく。

全てを『のせい』にして。



性質の悪いことに、それだけじゃ止まらない。
地元の世界にもそれは酷く浸透していて。
子供から大人まで。
のアレ』を利用する一般人が増えたのだ。


あいつムカつくから殺してもらおう。
近頃、あの人が恐いから逃げたい。
、アイツに関われば自殺できるだろう。


そんな安易な考えのもと、に関わらせる奴等がいる。
彼らがいる限り、止まない『アレ』。



「『アイツ』を消したとしても…『アレ』はずっと消えない。これ以上…人を殺すわけにはいかない。俺が、俺だけが苦しんで済むことなら……むしろそれが幸せだ」



微笑みを、真剣な表情へと変える。
一目蓮はその瞳に、もはや何も言えなくなっていた。
骨女も、一目蓮と同じように表情を歪めてを見つめている。
表情には出せないが、藁人形と化している輪入道も黙ってしまっていた。