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他人<ヒト>を呪わば穴二つ。 己<ヒト>を呪わば穴二つ。 でも貴女はそれ以上。 穴は、無限。 「無限、か……。そうだな、そっちの方がふさわしいかもしれない」 何せ、あんなにも多くの人を殺したんだからとは自嘲気味に笑ってみせた。 本来、自分の手は殺しに手を染めてはいないものの、自分で殺したのだと認識する。 それは、どんなに。 どんなに。 無意識に自分の手に力が入るのを、今更ながらに骨女は気がついた。 どうやら、自分も無意識にという人物にアテられたらしい。 (これじゃあ、一目蓮と変わらないじゃないか) ちらりと隣を見やれば、何やら複雑そうな顔をした一目蓮が見える。 腕の中の子猫はしっかりと目を見開いてを見つめている。 (糸を解けば……あの子はもっと苦しむことになる。あんなに、優しい子ならば尚更……) 過酷な世界を生きていた。 『アレ』を真実にしようと試みていた組織、世界。 その裏の事情を聞き出せたのは、校長と親しい友人からであった。 昼休みに教師陣との会話を楽しみながら、その親しい友人なら少し知っているかもしれないと聞いて、放課後特異な手段で呼び出した。 まだ夕方だというのに、ベロベロに酔わせて。 セクハラまがいのことを受けながら、彼が酔っ払って口に出した言葉。 「あぁ、ね。アレには手を出さん方がいい。何せ、後ろには巨大な組織が絡んでるんだ。関わった途端、その組織に殺されっちまう。…まぁ、その分、誰か殺しちまいたいヤツがいれば、そいつに無理やり関わらせれば殺せるっていう寸法もあるがな」 酒が入っているとはいえ、下品に笑いながら話す彼。 そして、自分の脚を撫でる手。 何故だか無償に腹が立って、気がつけば。 己の拳がソイツを吹っ飛ばしていた。 「…あ、やっちまったよ」 無意識に顔面を殴ってしまった。 吹っ飛んでいくソイツは大きな音をたてて、そこに崩れ落ちる。 どうやら意識は飛んでいるようだ。 「…まぁいっか。記憶を消しとけば」 「お前さんもやるねぇ」 二人しかいないはずのそこに、意外な人物の声。 骨女…そのときは曽根アンナ、がクルリと後ろを見ると、赤いマフラーが靡いていた。 「輪入道かい。いきなり現れないでおくれよ、驚くだろ?」 「いやすまん。つい、な。お前さんがソイツを殴ったところを見てスッキリしちまって」 「あぁ、だってコイツ、ムカつくったらありゃしないからさ」 頭に手をかざして、彼の記憶を消す。 その間に輪入道は「違いねぇや」とクツクツと喉の奥で笑っていた。 「…大きな組織が絡んでるとなると、ここから調べるのはちょっと厄介になるかもしれないねぇ」 ただの依頼人ではない。 ただの事件ではないと知ってはいたが、まさかここまでとは。 骨女の表情が曇る。 「でもそいつは間違いねぇ。気付いたかい?町中に張り巡らされている監視網や、住民に化けて監視している奴等がいることを」 「そうなのかい?」 「あぁ。監視カメラや盗聴器は全く隙がないくらい、この町に張り巡らされてる。住民の何十人かは明らかに行動がプロだ。どこかのSPなんだろうよ」 ちなみに、この場所のカメラと盗聴器はここだ、と輪入道が一点を指す。 そこは茂みの裏だ。 キラリとレンズが光って見える。 曽根アンナは顔を顰めた。 「ということは、あの子だけじゃなく、あの子を取り巻く人間全員を監視しているってことだね」 「そういうこった。死者の中には取材陣の名前から警察関係から、政治の人間やらどっさりだったよ」 あの輪入道から笑顔が消える。 曽根アンナも、彼のそんな様子を見てから空を見上げた。 紅の空。 いつもいるあの紅の世界を思い出す。 「…酷い世界になったもんだ」 「…全くだねぇ」 「あんなお嬢ちゃんに、あんなに罪を背負わせて、あんなに傷を負わせて。…世界の欲望が、あの子を取り巻いてる。お嬢の言ったとおりだったよ」 声は穏やかだが、震えている。 憤りを覚えている証拠だ。 あの輪入道が。 そして、自分が。 (このことを聞いたら、一目蓮はどんな顔をするんだろうねぇ) すぐに思いつく、彼の顔。 ただでさえ人に興味を持たない彼が、初めてといっていいほど執着した。 証拠は今日の電話だ。 今頃、の看病でもしているんだろうか。 このことを聞いたら。 きっと、顔を、怒りに引き攣らせて。 悔しそうに、そう。 自分達と同じように。 悔しそうに。 「…その大きな組織の正体は分かったのかい?輪入道」 「あぁ。世界的な表の組織の1つだ。あのお嬢ちゃんは…それの裏の1つのプロジェクトだとよ」 「…そう」 お嬢は、どう反応するだろうか。 こんな報告を聞いて。 彼女のことだから、無表情で「そう」と答えるのだろうか。 それとも、少しは顔を曇らせるのだろうか。 できれば。 できれば後者であってほしい。 「輪入道」 「ん?」 「………こんなに他人<ヒト>の幸せを願ったのは……久しぶりだよ」 できれば。 できることならば。 幸せになって欲しい、と。 「………あぁ、違いねぇや」 輪入道も隣で上を見上げる。 紅の空が遠い。 遠い紅の空の向こう。 そこに君の幸せがあればいい。 そう願っていた。 |