夢を。

夢を見た気がした。


紅の世界で、地獄少女の閻魔あいと出逢って。

担任や副担任、そして一人の老人男性が彼女の遣いで。

そして俺が消えた後。




子猫の姿に。

家族を見た気がした。






真っ白な空間が目の前に広がっている。
先程見ていた病室の天井。



「………夢か」



地獄少女に逢ったこと。
その遣い三人に逢ったこと。
…そして家族が、いたような気がした。



「…久しぶりに良い夢を見たな」



都合の良い自分に笑ってしまう。

ふと、右手に違和感を感じた。
眠る前は感じなかった、ザラザラとした感触。
はて、と自分の手に視線を向ける。



「………輪入道さん………」



赤い糸を首に巻いた藁人形。
それは確かに、あの夢の中で受け取ったモノだ。
輪入道、地獄少女の遣いの一人。



「夢じゃ…なかった…」



今でもしっかりと焼き付いている赤、紅、朱。
その色の世界と、その色の悲しげな瞳。
自分よりも幼い少女。
閻魔あいという名の、美しい地獄少女。

担任と副担任、一目蓮と曽根アンナ。
彼らと、手の中の藁人形である輪入道が彼女の遣いで。
三人とも優しく自分を包んでくれた。


これからの人生の選択肢と、一緒に。



藁人形を優しく撫でる。
もはやそれは喋ってはくれない。
そして病室にはお見舞いに来てくれた副担任もいない。



『あとは、貴女が決めることよ』



脳裏に、綺麗な声が響く。


(…そう後は自分が決めること。折角選択肢が増えたんだ…そうだろう?お父さんお母さん…礼羽…)


瞳を閉じると、死んだ家族が目に浮かぶ。
あの世界で一瞬だけ見えた家族の眼差しは、優しいものだった。
もう大丈夫だと、言っているようだった。


(……大丈夫)


きっと。
自分で選ぶことができる。
何もかもが覚悟の上で。


(選ぶのは…俺だ)


瞳を開く。
の紅の瞳には確かに力が宿っていた。


糸を解くか。
解く際には誰を呪うか。

解かずに今の人生を送るか。


(後悔は…しないように)


時間はあるのだ。
じっくりと、悩む時間が。





が優しく藁人形を抱きしめたときだった。

パァン…と花火のような音が院内に響いた。
瞬間、あちこちで悲鳴が響き渡る。



「な、何だ…?」



花火なわけがない。
花火では悲鳴が聞こえるわけがない。

自分は何かを忘れている。
大切な、何かを。
今の、この世界の自分の立場。


(………俺の……『コレ』…っ!!!)


あの音は自分の治療に関わった人たちへの報復だ。
今回は事故ではなく事件にする気なのだ、『アイツ』は。
花火のような音はきっと…銃声。

バッと部屋の片隅にあるカメラを見やる。
しっかりと稼動しているのかそれは左右に頭を振り、緑と赤のランプが点灯している。
それが表している事実は二つ。


『アイツ』は未だ監視をしていること。
そして。
先ほど来た訪問客をしっかりと確認していること。


(……骨女さんっ!!!!)


事件と見せかけて医療者を殺し、ついでに副担任をも殺すだろう。
そのほうが二度手間が省ける。
目に見える、未来の光景。

ザッと青ざめていくの顔。
脳裏には優しく微笑んでいた骨女の姿。
妖艶な彼女の声が、まだ耳から離れない。



「……っ輪入道さんはここにいてください」



『アイツ』は藁人形を『人形』としか見ないはずだ。
だから彼が傷つくことはない。
輪入道をそっとベッドの上に寝かせる。
そしては身体を起こして床に足を下ろした。

ズキリ、と身体中の傷が悲鳴をあげる。
昨夜己で傷つけた手足。
半ば顔を顰めながら、しかししっかりとは立ち上がった。


行かなくてはいけない。
行かなくてはいけない。

それだけが身体を動かす。


今ならまだ間に合う。
今ならまだ、間に合う。


それだけが、心を動かす。



「俺、ちょっと行ってきます」



輪入道に一言と笑顔を送ってから前を見る。
スリッパを履かず、冷たい床を裸足で蹴り上げる。
病室のドアを思い切り開く。
見慣れた病院の廊下は逃げる人の群れ。

銃声が聞こえた方へ。
病院の出入り口へ。


は走り出した。











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