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『俺、ちょっと行ってきます』 その言葉に 不安が納まらない。 誰もいなくなった病室。 この部屋の主は先程の音をきっかけに抜け出してしまった。 怪我が痛むだろうに、そんな様子を片時も見せず。 むしろ安心させるかのように笑顔を見せて。 「……やれやれ」 藁人形が人の形になる。 深く帽子を被り、赤いマフラーを靡かせる。 草履を履いた足を白い床へと下ろし、輪入道は顔を少し歪ませていた。 カメラは未だ作動し続けている。 が、輪入道がそこに立っているにも関わらず左右に首を動かす様は、彼に気付いてないよう。 否、気付いてなどいない。 彼は地獄少女の遣いであるがために、幽霊のように姿を消すことが可能なのだ。 勿論、影すら映っていないし声も録音されることはない。 輪入道は静かにカメラを睨みつけた。 今頃監視の主は違う病院内のカメラで彼女を見続けているに違いない。 そう思うと、吐き気がする。 「…さてと。お嬢に知らせに行かなくちゃあな」 一つ一つのの行動を確実に閻魔あいに知らせなくてはならない。 あの様子だと、病室に戻ってくるのは当分先だろう。 今ならば藁人形がなくても平気なはずだ。 彼女に報告しなくてはならないという使命感と共に。 嫌な予感が先程から止まらない。 何が、と問われても正直困る。 だがの笑顔を見て、言い様のない不安に駆られたのは事実で。 「……急ぐかな」 否、急がなくてはいけない気がする。 輪入道はすぐに病室から姿を消した。 真っ白い清潔な空間は、本当の真っ白い空間と化した。 人の群れを掻き分けて進む。 今は皆逃げるのが精一杯のようで、には目もくれない。 後の死より今の死の方が恐いのだろう。 はその群れを逆流する。 その中の、赤いスーツを探しながら。 (…骨女さん……どこだ!) 彼女もこの波に乗って逃げてくれればそれでいい。 でも、何かの事情で動けない状態だったら。 この騒ぎだ。 何が起こってもおかしくない。 (どうか無事で…っ!) 悲鳴の向こうでは銃声が数回響いている。 もう何人か殺されたのだろうか。 黒いポニーテールと赤いスーツを目印にただ走る。 一階の出入り口はこの廊下を突き当たりを左に曲がればすぐだ。 人もまばらになってくる。 突き当たりまであと20メーター程。 もう赤いスーツの人は見当たらない。 ならば、出入り口まで行くだけだ。 の足はスピードをあげた。 傷などもう、かまっている場合ではない。 こんなにも心が騒ぐのだ。 身体なんて知ったことではない。 足の裏には砂利がつくがそんなことはどうでもいい。 真っ白い廊下を走り抜けて左へと曲がる。 そこでは立ち止まってしまった。 短い廊下と、その奥に広がる広い空間。 そこがロビー。 見える範囲でも、ロビーは悲惨な状態だった。 床は少し、赤い液体に汚れてしまっている。 転がっている人、呻いている人。 書類がバラバラと床に零れ、壁には数発の弾痕が見える。 ガラスもあちこちに散乱している。 もはや逃げる人などいない。 「なぁお姉さんよぉ。隠れてないで出てきなよ〜」 犯人らしき男性の声。 その声に反応して下衆のような笑い声がロビーに響き渡る。 どうやら集団のようだ。 声からして5人ぐらいだろうか。 全員、若い男性のようだ。 「アンタを殺せば何百万、何千万っていう金が手に入るんだよ」 「分かったならその受付の机から出てきてくれるかな〜。そこの知らない子供と一緒に楽に死なせてあげるからさぁ」 品のない笑い声が白い空間を埋め尽くす。 どうやら子供も巻き込まれているようだ、とは顔を歪ませた。 話からして、確実に彼らは『アイツ』の差し金。 関係の無い人たちを殺す辺り、今回は『テロ』で済ますつもりだ。 ギリ…と悔しさ憎らしさに奥歯を噛む。 「早く出てこないとこちらから行きまちゅよ〜。曽根アンナせんせ」 一人の名前に。 の足は再び動き出した。 |