目の前の男たちに虫唾が走る。

そして今の状況に溜息が出る。


品のない笑い声が響く中、曽根アンナは机の中で溜息を吐いた。







あの紅の世界から戻って数分。
骨女から曽根アンナに戻った彼女は、しっかりとした足取りで出入り口へと歩いていた。
心はその足取りとは逆に曇り模様である。

には最悪の選択肢しか与えられなかった。
幸せになって欲しいとは裏腹に閻魔あいから聞いた彼女の選択。
どちらに転んでも、辛い運命。


けれど、は微笑んだ。


骨女にとってそれが一番、辛かった。
選択肢が増えたといえど、どっちもどっちの辛いものが待っているのだ。
それを笑って受け止める彼女が。
見ていて辛かった。


あの笑顔が頭の中を占めて離れない。
その状態でロビーへと差し掛かったそのとき。


すぐに出入り口へと向かっていた自分に後悔を覚えた。



パァンと響いた銃声。
それと同時に響く悲鳴と怒声。
廊下へとなだれ込む人々。

せめて巻き込まれないように、とアンナは端へと避ける。
瞳は自然と険しくなり、騒動の元へと向けていた。
ここからではあまり見えないが、何やら物騒な集団が乗り込んできたようだ。


(…あの子の『アレ』…医療関係者を消しにきたみたいだねぇ)


今回はテロとしてか、と冷静に状況を判断する。
しかし、テロということは全く関係ない人たちを殺すこともありえるわけで。
が、いつも以上に苦しむことになるということに繋がるそれ。
そのことを考えると、アンナの表情は自然と歪んでいた。



「お、お母さん!!」



悲鳴の中響く、小さな子供の声。
ロビーには人は少なくなっていて、倒れている人が数人いる。
その中の一人に、子供が一人寄り添っているのが見えた。



「お母さん、しっかりして!お母さん!!」



その男の子のお母さんと思われる人物は、ピクリとも動かない。
床には血の、赤い液体が散乱している。
向こうでは集団の一人が銃を子供に向けているのが見えた。

瞬間、動き出すアンナの身体。



「危ないっ!!」



子供を抱えて傍の受付の机の中へと逃げ込む。
次に聞こえたのは銃が発砲された音。
先程まで子供がいた床には数発の弾痕が出来る。


(こんな小さな子供にまで…っ!)


怒りを隠せない。
意外と広い机の中には、受付の医療関係者が数人、震えながら頭を抱えていた。
腕の中の子供は驚きと不安で、目に涙を溜めている。



「大丈夫かい?」



出来るだけ優しく声をかける。
すると、子供は不安を隠しきれずとも小さく頷いた。



「…僕は大丈夫だけど…お母さんが…」



ちらりと、小さな両目が先程いた場所へと動く。
未だに動かない母親であろう人物。
本当ならば、ずっと傍にいたい、この机から駆け出していきたいだろう。
しかし、それを阻止するかのようにアンナはしっかりと抱えていた。



「ごめんなさいね。本当はお母さんの傍にいたいんだろうけど…もう少し我慢しておくれよ」



犠牲者をあまり出したくはない。
特に、未来ある子供は尚更だ。
アンナの真剣な瞳に、少年は涙を堪えてしっかりと頷いた。
それを見て、彼女は笑顔で応えて頭を優しく撫でてやる。



「あれ〜?今の赤いスーツ…曽根アンナ先生じゃないですか〜?」



犯行集団の一人がわざとらしく声をあげる。
同時に響き渡る彼らの下衆な笑い声。
あまりの酷さに、アンナは顔を顰めるしかなかった。



「そうですよね〜?あんな綺麗な人、そこらにいませんもん」


「写真で見たまんまだ。桜香春高校、1年D組臨時副担任の曽根アンナだな?」



どうやら自分の情報も漏れていたらしい。
それもそうだろう。
この病院にも死角などないほどに、監視体制が整っているのだ。
の病室に行ったことぐらい、『アイツ』にバレているに違いない。


(医療関係者と一緒にアタシも抹殺しようって考えかい)


あまりにも分かりやすい計画だ。
しかし、自分が病室を訪れて一時間も経ってはいないはず。
この時間の中で組み立てられているものだから、大したものだと感心すらしてしまう。



「おら、曽根アンナ先生なんだろ?返事しろよオラァ!!」



短気な犯人の一人があちこちに発砲する。
窓ガラスが音をたてて割れ、床には書類やら何かの破片やらが散乱していく。
机の中の人たちは小さくヒィッと悲鳴をあげた。



「…そうよ。アタシが曽根アンナよ」



アンナが返事をする。
すると、犯行集団はまた下衆な笑いを響かせた。



「やっぱりそうだったか!」


「早く言ってくれないと困るなぁ〜。無駄に発砲しちゃったじゃないか〜」


「お前は短気すぎるんだよ」


「まぁまぁいいじゃねぇか。ターゲットの一人がここにいるんだからよ」



ターゲットの一人。
これで確信がついた。
やはり『アイツ』の仕業だ。

それは机の中の数人の人物の様子からも伺えた。
顔面を蒼白にした受付の一人は小さく「やっぱりあの子が原因で…」と呟いた。
曽根アンナの表情はみるみる怒りに溢れてくる。



「なぁお姉さんよぉ。隠れてないで出てきなよ〜」


一人が猫撫で声でアンナに呼びかける。
勿論、そんな声でここから出る気なんて更々ない。
黙って机の下にいると、違う声がかかった。



「アンタを殺せば何百万、何千万っていう金が手に入るんだよ」


「分かったならその受付の机から出てきてくれるかな〜。そこの知らない子供と一緒に楽に死なせてあげるからさぁ」



お金で雇われているらしい。
ということは、ちゃんと逃走経路も用意されているということだ。
そうでなくてはお金は得られないのだから。


(なんて用意周到な…それにしても本当に人の命をどうとも思っていない連中のようだねぇ)


子供と一緒に殺してあげる、と楽しそうに言う彼らに苛立ちを隠せない。
どの道、この机の中にいる人たち全員を殺す気なのだろう。



「早く出てこないとこちらから行きまちゅよ〜。曽根アンナせんせ」



彼らの中の一人が近づいてくる。
その音を聞いてから、アンナは机の下から姿を現した。









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