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赤いスーツの後ろ姿。 それは凛と、そこに立っていて。 の心臓は恐怖で暴れ出していた。 「…出てきたわよ」 机の中から颯爽と出て、しっかりと立つ。 片手は腰にあてて、まるでモデルのよう。 全く恐れを感じさせない態度に、犯行集団の一人はピュウッと口笛を吹いてみせた。 「お、やっぱりいい女だねぇ」 「しかもこの堂々とした態度。殺すには惜しいな」 そんな気も更々ないくせに、勝手なことを言う。 曽根アンナは瞳を鋭くして彼らを睨んだ。 「アタシを殺す代わり、この机の中の人たちには手を出さないで」 そんなこと、出来ないに決まっている。 何せ、殺しを楽しみのように感じる奴らだ。 けれど、今のアンナにはそれを言うことぐらいしか出来ることはなかった。 今は地獄少女の遣いではなく、ただの人として存在しているのだから。 (…また辛い思いをさせちゃうねぇ…あの子には) 関係のある人たちでさえ死んでいくのを恐がる。 自分のせいで関係のない人たちすら死んでいくのはどれだけ耐え難いだろう。 また、あの無表情に戻って。 自分に傷をつけて生活していくのだろうか。 「了〜解。曽根先生がそこまで言うならしょうがないなぁ〜」 犯人の一人がニコニコ笑いながら銃をアンナへと向ける。 声からして、短気だと思われる犯人だろう。 アンナはしっかりと彼を見て、視線を逸らさない。 「ま。曽根先生が死んだら、考えてやるよ」 歪んだ笑顔が見える。 引き金が引かれる。 その前に犯人の一人が待てと叫んだ気がするが、もう止められない。 パァン 銃声と同時にアンナが感じたのは。 誰かが自分の目の前に立ったこと。 身体に衝撃が走る。 痛みが、全身に行き渡る。 生温かい血が、身体の中心から泉のように湧き出る。 それでも心は。 こんなにも。 「っ!!!!!!」 アンナの叫び声が後ろから聞こえる。 名前で呼ばれたことに、は後ろを向いて。 微笑んで。 その場に崩れ落ちた。 「っ!!」 アンナはすぐにを支えて、傷口を覗き込んだ。 身体の中心、致命傷とも呼ぶべき傷がそこにはできていて。 血が溢れに溢れて、まるで止まることを知らない泉のように。 「…骨女さん、無事?」 酷い傷、酷い痛み。 身体中から脂汗が流れ、顔は酷く青ざめている。 呼吸も酷く乱れている。 そんなこと関係ないとばかりに、は曽根アンナを見つめた。 発砲の瞬間。 は無意識にアンナの前に立ちはだかっていた。 いや、もしかしたら意識的にかもしれない。 ただただ。 自分を救ってくれた彼女に傷ついて欲しくない。 そう考えれば身体は自然に動いていたのだった。 「馬鹿じゃないのかいっ!?アタシは遣いだから死なないって説明したじゃないか!!」 以上に青い顔になっているのは骨女の方だった。 いつも冷静に対処する骨女がここまで動揺して、大声を出してしまっている。 はそんな彼女の姿に笑って答えた。 「…や、だって…骨女さんだって…痛みを感じるだろ…し」 そう考えるといてもたってもいられなくて、とが言ったところで、口から血が零れた。 どうやら本当に致命傷らしい、とはここで自分の状況を理解した。 (…死んでいった皆…こんなに苦しい思いをして死んでったのか…) 家族も、友人も、多くの人も。 死んだ、とはいえないけれど一目蓮も。 そう考えると身体以上に心が痛む。 身体から溢れる温かい血。 激痛。 震える身体に、乱れる息。 それでも。 それでもこんなに心は満たされて。 犯行集団は今の状況に戸惑っていた。 ターゲットを撃ったはずが、決して撃ってはいけない人物を撃ってしまった。 しかもそれの様子は致命傷。 それは自分達の死をも連想させる。 「アンタたち何やってるんだい!!早く医者でも何でも呼んできなよ!!この子が死んだらアンタたちも殺されるんだよ!!」 曽根アンナが声をあげる。 その言葉は的確だった。 が死ねば、証拠隠滅と同時に自分達も消されるのは明らか。 犯行集団は銃を捨てて、青ざめた顔で医者を探しに走り出した。 机の中に縮こまっていた人たちもぞろぞろと出てくる。 受付のスタッフはの様子を覗き込んで、顔を顰めた。 「…一応、傷を手で塞いでいてください。私達は担架と応急処置の道具を持ってきます。そして一番近い手術室へと運びましょう」 医療人として、動き出すスタッフ。 アンナは言われたとおりに傷口に両手をあてて血が止まるように押さえつける。 しかし、溢れ出すその液体にアンナの手が染まるだけだ。 「…お姉さん、僕に出来ること、あるかなぁ」 アンナに声をかけたのは、先程助けた少年。 彼は酷く青ざめた顔での怪我の様子を見ていた。 はそんな少年の姿を見て、ふわりと穏やかに微笑んだ。 「…君は?怪我、ない?」 「…うん」 「だったら…電話、できるかな?…110番、警察に、説明できる?」 「…うん、やってみる!」 言い渡された使命に、少年はしっかりとした眼差しで答えて、受付の電話へと走る。 その様子をしっかりと見届けると、はフゥと一息吐いて力を抜いた。 呼吸はヒュウヒュウと音を鳴らし、脂汗は床にポタポタと落ちる。 それと血液が混ざり、床は酷い色になっているだろう。 もう力は入らない。 目を開けることすら億劫になってきた。 「…死ぬんじゃないよ」 骨女が傷口を塞ぎながら声をかける。 初めてみたときの、あの凛とした雰囲気が、今は微塵も感じられない。 は小さく笑ってみせた。 「…死んだら…俺、どこに…逝くんだろ…な」 「…さてね。極楽浄土ではないことは確かだろうよ」 「ハハッ……そう…だね」 これで極楽浄土に逝くなんてことがあったら、死んだ人たちに迷惑だ。 そんなことを考えながら、真っ白い天井を見やる。 「…そう…いえば…輪入道さん…病室…に…置いてけぼり……」 「…今頃お嬢たちに報告しに言ってるだろうから、心配しなくてもいいよ」 「そっ…か……」 視界が歪んでくる。 色が消えていく。 それでも脳裏に見え隠れするのは、あの紅の世界。 優しい、人たち。 「…結…局………皆には……迷惑……かけるだけ…で……終わるん………だな……折角………選択肢………くれた…のに……」 その選択肢すら無駄にしてしまう。 なんて罪深いのだろう。 は最後の力を振り絞って、骨女の手に自分の片手を重ねた。 彼女が驚いているのが分かる。 はまた、小さく笑ってみせた。 「……皆…に…………あり……がと………と………ごめ……なさ…………つた……えて……」 「ちょ…しっかりしなよ!」 アンナが焦って顔を覗き込む。 は静かに瞼を閉じて、その温かさに身体を委ねた。 「こ…れが、………俺の………選択。……これ……が俺……の……幸せの…………形」 そう。 これが。 これが、俺の選択。 後悔しない。 選択。 優しい人たちへ。 有り難う。 さよなら。 もう、血は止まっていた。 いや、全て流れ出てしまったと言った方が正しいだろう。 真っ白い床は赤黒く染まり、曽根アンナの両手も綺麗にその色に染まって。 担架やら何やらを持ってきた医療スタッフも。 医者や看護師を引っ張り出してきた犯行集団も。 電話での説明を終えた少年も。 輪入道も。 一目蓮も。 閻魔あいも。 誰もが言葉を失って、その空間を見つめていた。 |