「そうか、死んだのか」



監視カメラの映像と、電話からの連絡。
それらによって導きだされる『の死亡』という真実。
彼はまるで人形が壊れたことを聞いているかのように、その出来事を聞いていた。


世界的組織として成り立っている大きな集団。
それの本部のオフィスビルの最上階。
窓の外から見下ろす景色から彼の権威が見て取れる。
彼は灰色の空の下、同じ色に染まっている都会を見下ろして電話に対応していた。



「まぁ、壊れてしまったものはしょうがない。あんなに金を費やして多くの人間を殺したとはいえ、あいつはテスターだからな。お陰で良いデータが取れた」



そう、彼女はサンプル。
この計画を大きくするための実験台。
噂の影響力と社会的背景など、それらを軽く弄れば多くの人間を操ることが可能。
その結果が出ただけ、満足するべきだと彼は言い放った。



「壊れたなら、次の『人形』を作れば良い。今度は…そうだな、都会の人間を数人程、人形にしてしまおうか。都会でも通じるのかどうかをな」



ククク、と喉の奥で笑う。
そして片手にあった煙草を一度吸い、煙を大きく鼻から吐き出した。
白い煙が部屋の空気に浸透し、消えていく。



「まぁ、それは追々決めるとして…証拠隠滅はしておけよ。嗅ぎまわっている連中がいるということを忘れるな。…ああ、じゃあな」



ピッと電子音が広い部屋に響く。
彼は煙草を吸いながら、そのまま携帯電話のパスワードを何個か潜り抜け、電話帳まで辿り着く。

その中の一番重要な人物の欄を開いて取り出す、のデータ。
これでもかと思うほど詳しく載っている個人データと電話番号、メールアドレス、写真。
彼はの写真の画像を、ディスプレイ越しに優しく撫でる。


愛しむように。
慈しむように。



「…今までよく頑張ってくれたね。偉いよ、。私のお人形…可愛い人形だった」



風に揺れる銀の髪。
まるで血のような紅の眼。
女子だというのにそれを感じさせない中性的な容姿。

傷ついて傷ついて。

壊れゆく様。



「本当はもっともっと傷つけて壊して…完璧に私のモノにしたかったんだがね……君がそれを拒否するかのように自分から壊れてしまったね」



自分から壊れるのを防ぐための監視体制だったのに。
彼女はそれらも掻い潜り、事件に巻き込まれた形で自分から消えてしまった。
しかも死ぬ間際のあの笑顔。
あれは確かに、自分から選んだ顔だった。



「残念だよ…。あんなに綺麗な人形だったのに。私に委ねてくれれば、もっともっと綺麗にしてあげたのに」



傷ついて傷ついて。
壊れて壊れて。

完全に精神が崩壊した彼女の姿は。
どれだけ美しかっただろうか。
もはや叶わぬ夢。
彼は自嘲してから、瞳をいつもの無機質な目に戻した。



「まぁ、いなくなったのだから、君はもう用済みだ。…さよなら、。私の可愛い人形」



『データを消去しました。』
その文字がディスプレイに出た後、待ちうけ画像へと変わる。
彼は携帯電話を閉じ、近くのソファへと放り投げた。
柔らかいそれは、優しくそれを受け止めて我が身に沈ませる。
それを見届けた後、彼は己の革張りの椅子へと腰掛け、机の上の書類を片付け始めた。




「へぇ、そうやってまた『人形』を増やすんだねぇ」



誰もいないはずの部屋に響く女性の声。
椅子に座っていた人物は驚きを隠せずにガタリとその場に立った。
そこから見える部屋の扉の前に、一人の女性が立っていた。
赤いスーツが印象的な、先程まで監視カメラに映っていた人物。



「お前は……曽根アンナ!!どうやってここに…っ!!!」



の代理副担任。
見間違うはずもなく、彼女がそこに立っていた。
音をたてず、多くのセキュリティーを潜り抜けて。



「おや、名前を覚えてもらっているなんて恐縮だねぇ」



クスクスと笑う姿は妖艶そのもの。
彼女の両手は未だに血塗られたまま。
が死んだのは数分前。
数分であの病院からこのオフィスに来ることは不可能だ。
それなのに、彼女はここにいる。



「おやおや、怖いのかい?アタシが?それとも、アンタの後ろにいる一目蓮が?」


「っ!!!?」



その言葉に彼は後ろを振り返る。
誰もいなかったそこにいるのは、死んだはずの一目蓮。
の臨時担任だ。



「なっ!!?」


「あ、俺のことも知ってるみたいだな。初めまして。アンタに殺された一目蓮だ」



微笑む一目蓮。
片目だけしか見えないそれは、少し不気味さを増す。
恐怖に、彼は横へと後ずさる。
すると、そこにまた二人の人間が現れた。


輪入道と閻魔あい。


輪入道はいつもの微笑みのままだが、雰囲気が全く異なってそこにいた。
そう、怒りを抑えこんでいるといった方が正しい。

閻魔あいはいつものセーラー服から着物へと容姿が変わっていた。
着物。
それは地獄少女として活動するときの格好。
少女ながらも、それはやはり、美しいとしか言葉が出ないほどであった。



「な……何なんだアンタたち!!不法侵入だぞ!!」


「そういうアンタはちょいと、私生活に不法侵入が過ぎたんじゃないのかい?…あんなお嬢ちゃんの生活を…」



輪入道の言葉に彼はハッと鼻で笑ってみせた。
どうやらのことに関してだとすぐに感づいたらしい。



は私の人形だ。その人形を好きに扱って何が悪い!!それにこの件は私だけが悪いわけじゃない。人の欲望が生み出した現象なのだ!!!」



きっかけは彼。
それを実行したのも彼。
しかし、その結果を生み出したのは…彼女の周りの人間だ。

噂を恐れ。
噂を信じ。
彼女を使って試す輩。



「私を罰するか?この組織のトップに立っている私を。証拠もないのに、私をの殺害の容疑者と言うことはやめていただこうか」



もはや罪悪感すら感じられず。
ただただ笑うだけの『アイツ』。
曽根アンナは赤黒く染まった己の両手を震わせて、拳を握っていた。
後ろにいた一目蓮も、片目を鋭くさせて彼を睨みつける。
輪入道は笑みをなくして、彼を見続けた。


『ありがとう、さよなら』


が残した彼らへのメッセージが頭の中に過ぎる。



「…どちらにしろ、貴方は地獄に流される」



口を開いたのは閻魔あいだった。
彼女はと同じ、紅の瞳を真っ直ぐに彼へと向けていた。
何もかもを見透かしたような瞳で。



「ハッ。地獄だと?この私が?誰に?何のために?」


「…アンタは以外にも多くの人間から怨みを買ってたんだよ。…部下のほとんどがアンタを怨んでた」



彼の言葉に、一目蓮が皮肉に笑って返事をした。
この世界的組織の裏の部分を知っている部下だからこそ、怨んでいる人たちもいる。
表にいる人たちも胡散臭がっている。
それほど、彼の印象は最悪だったようだ。



「今回の事件をきっかけに、貴方への多くの怨みの念が集まった。それが時間を越えて、私の元へと届いたの」



数分前の事件。
それを知った多くの人たちの怨みが1つに集まった。
集まった箇所が、部下の、彼を一番嫌っていた一人。
彼は時間外にも関わらず、地獄通信へとアクセス出来た。
それほどにも、怨みの念は強い。



「そして、その人は糸を引いた。自分が地獄へと流される代わりに、貴方も地獄へと流すと」



あいの言葉に、輪入道は片手をあげた。
そこには紅の糸。
藁人形から引かれたであろうその糸は、ゆるりと輪入道のマフラーへと変わった。

彼の表情が今の状況を今更理解したようで。
どんどん青くなっていく。



「…本当は、地獄に流すだけじゃ割に合わないんだけどねぇ…」



血塗られた両手を掲げて、アンナがぼそりと呟く。
の血は人間全員と同じ紅いものであったけれど、どこか綺麗に見える。
あいは、そんなアンナ…骨女の様子をちらりと視界に入れてから口を開いた。



「…それは『アレ』に任せなさい。あれでも一応、考えているようだから」



蜘蛛の形をし、三つの目をギョロギョロと動かしていた『アレ』。
きっと『アレ』も彼の対処をどうしようか考えているはずだ。
あいの言葉に、骨女は驚いて目を見開いたが、次の瞬間優しく笑ってみせた。



「さぁ、準備はいいかな?」



一目蓮の言葉に彼は「ヒィッ」と声をあげた。
逃げようにも、逃げ場所は全て塞がっている。
閻魔あいの紅の瞳が、彼を刺す。



「闇に惑いし哀れな影よ」



鈴のように凛とした声。
その声が静かに言の葉を告げる。



「人を傷付け貶めて。罪に溺れし業の魂」



身体は金縛りにあったかのように動かない。
彼は冷や汗を滝のように流し、わなわなと震えている。
あいは戸惑うことなく、口を開いた。






「いっぺん、死んで見る?」






もはや次の瞬間には、その空間には何も存在していなかった。
影も形も証拠すらも残っていない。

ただソファの上で携帯電話が、ポツリと座っているだけだった。