『アイツ』を地獄へと流した。


そうすることでが戻ってくるわけでもなく。

彼らはいつもどおりの日々を過ごしていた。







「あれ、お嬢は?」


「何か、『アレ』に呼ばれてるんだとよ」



現世の屋台のおでん屋。
その屋台に腰掛けるのは骨女と一目蓮。
おでんを作っているのは輪入道。

今彼らは違う依頼の調査へと出向いていた。


ここで集合し、情報を交換する。
そのためだけにここにいるわけだが、地獄少女である閻魔あいがいない。
それに気付いた骨女。
ここで冒頭の台詞へと戻っていくのであった。



「ここも相変わらず、酷い世の中だねぇ」


「あぁ、全くだ。…あのお嬢ちゃん程ではねぇが…理不尽な世の中になったもんだ」



今回の依頼も、酷い体験をした依頼人の怨みを晴らすというもので。
その加害者は何とも酷い人間という、ありきたりなパターン。

それでも温い、と思ってしまうのは。
前回の、の事件があったからかもしれない。



あれから数日経った。
閻魔あいにの逝き場所を訊けば、やはり地獄だと返事が返ってきた。

自分からではないにしろ、やはり彼女の罪は消えない。
多くの命を奪った存在として、流されていってしまった。
誰かを…骨女を庇ったことで少しは軽減されるかと思ったが、そうもいかなかったらしい。
それを聞かされたときの三人の顔は、暗いものであった。

の葬儀は部下の…そう、『アイツ』を呪った彼があげたらしい。
彼女の葬儀には、罪悪感を感じていた地域の人々やクラスメイトらが集まったという。
静かに行われたそれは、報道されることなく終わった。

また、世界的組織は壊滅したらしい。
『アイツ』が先行していたプロジェクトは他にも多く存在しており、それら全てが法にあたるものだったようだ。
それを公開したのも『アイツ』を呪った張本人で、彼は今、違う事業を運営している。
彼曰く、今度は地域に貢献したい、だそうで、あちこちを渡り歩いている。



「こっちの方が、地獄って言葉が似合うかもしんねぇな」


「ハハっ……違いねぇや」



一目蓮の言葉に輪入道が同意する。
骨女も小さく笑って、グラスの中の日本酒を一気に飲み干した。
カツン、とグラスがテーブルに置くいい音が響く。



「輪入道、もう一本!」


「おいおい、まだお嬢が来てないってのに飲みすぎなんじゃないのかい」


「飲まなきゃやってられないっての!」


「やれやれ…。輪入道、俺にも一本」


「一目蓮もかい。あいよ」



飲むことを咎めても、止めはしない。
輪入道は優しく微笑んで、日本酒を取り出した。

何せ、の件で一番辛い思いをしたのはこの二人だった。
一目蓮は興味によって自分から関わった。
骨女は自分を庇ったせいで失った。

が死んでから数日は、彼らは話すことも出来ないぐらい沈んでいた。
勿論、仕事はきっちりとこなしていたのだが。
そういう輪入道も、何も出来なかったと後悔はしていた。


(それにしても…あのお嬢ちゃんは不思議な子だったなぁ…)


こんな汚い世界で、汚いモノを見つめてきたであろう紅の瞳。
辛い思いを抱えこんで生きてきた彼女。
紅の世界で涙を流し、心から微笑んだ彼女。
最悪の選択肢を与えられても、自分の死さえも微笑んで受け入れていた。
これが、自分の選んだ道だと。


何故だか、彼女の存在は何よりも綺麗に見えた。

閻魔あいと、同じくらいに。

いや、もしかしたらそれ以上に。

それが、自分達を惹き付けて止まない。




(やれやれ…どうやら俺も結構、彼女にやられていたみたいだなぁ…)


彼女がいなくなって数日経つというのに。
彼女との接点がほとんどない輪入道でさえ、記憶が鮮明に甦る。
気がつけば、の顔が脳裏を過ぎる。
どれだけ、印象深かったのだろう。



「…よし、俺も飲むかな」


「いいのかよ、店主なんだろ?」


「この際、この店主ってのも利用しねぇとな」


「そうだよぉ、輪入道も飲みな飲みな!」



輪入道の飲む発言に、一目蓮は苦笑し、骨女は勧める。
グラスを差し出し、酒を注ぐ。
彼女を忘れるためではなく、彼女へと捧ぐ盃。

スッと酒の入ったグラスを二人の前に差し出すと、彼らも自分のグラスを前へと出す。
カツン、とグラスが当たる音が響く。

誰も『乾杯』とは言わない。
乾杯のための、盃ではない。
ただ、彼らは静かに中身を飲み干した。
グラス三つが、テーブルをノックするかのように音を鳴らす。
静寂が、暗くなっていく世界を包み込む。






「あまり飲みすぎると、仕事に支障が出るよ」



暗闇から聞こえる声。
笑みを含んだそれに、三人はほっとけ、とでも言う様に顔を顰めた。
二つの足音が屋台へと近づく。



「放っといておくれよ。どうせ仕事ったって、もう終わりに近いんだからさ」



骨女が自分のグラスに酒を注ぎ込む。
そうそう、と一目蓮が隣からその酒を奪いとり、グラスへと注ぐ。
声の主はクスクスと笑って、そうなの?と隣の人物に話しかけた。



「…私は聞いてないわ」


「お嬢?」



一人の声に、輪入道は顔をあげた。
それにつられて、一目蓮と骨女も後ろを振り返る。
闇に溶けてあまり見えないが、自分達の主に違いない。
二つの足音がゆっくりと近づいてくる。


暗闇に溶けていた二人がゆっくりと現れる。
セーラー服姿の閻魔あいは、相変わらずの無表情で三人を見つめている。


そしてその隣。


紺色のブレザーに緩んだ紅のネクタイ。
ブレザーより薄い色のチェック柄のスラックス。
男子学生を思わせるその容姿。
優しい夜風に、銀色の髪が揺れる。



「こんばんは」



その人物は優しく微笑んで。

見覚えのある顔に、三人は目を見開いてその場に音をたてて勢いよく立ち上がった。