昼休みを告げるチャイムの音。


(…あぁ、寝てたのか)


目をうっすらと開けてみれば、そこは先程までいた裏庭の景色が横に倒れている。
左には灰色の空、右には自分が横たわっているであろう芝生の緑。
は紅の瞳を未だ半開きにしながら、その景色を何の感情無しに見つめていた。


近頃、眠りにつく時間帯が長い。
病気や何やらではない。
ただ、億劫で。
眠りにつくしかやることがないだけなのだ。


もう一度眠ってしまおうか。
がまた目蓋を閉じようとしたときだった。



…にゃあ…



かすかに耳に届く動物の鳴き声。
その声に、は閉じかけた瞳を思い切り見開かせた。
すぐに体を起こし、辺りを見回す。

その表情は警戒と、恐怖に包まれている。

の視界の端に猫の姿が見えた。
手に乗るであろう大きさの、淡い茶色と白のしましま模様をした子猫。
首輪をつけていないあたり、野良猫だろう。
辺りに親猫も兄弟猫もいるわけではなく、ただやせ細ったその子はゆっくりとに近づいてくる。

黒い瞳は未だ生きることを諦めてはなく。
きらきらと輝かせて、を恐れることなく近づいてくる。


(………っ!!)


その子猫とは逆に、死を求めているはすぐに後ずさった。
本来ならば手を差し伸べるべきなのだろう。
きっとお腹を空かせているであろう子猫に、何かをあげるべきなのだろう。
飼い主を探してあげるべきなのだろう。

だが。


に関わっては、いけない。
それが例え、動物であろうとも。



「…………るな……」



未だ歩みを止めない子猫。
どん、という音と共に背中に感じる固くて冷たい感触。
壁だ。
後ろの下がっていたはいつの間にか、子猫という小さな生き物に壁に追いやられていたのだった。



「お願いだから……来るな………っ!!」



生きることを求める子猫。
その命を奪う権利はない。
いや、権利など関係なく、に関われば必然的にも……。

子猫は止まらない。
黒い、つぶらな瞳を真っ直ぐにに向け歩いてくる。



「嫌だ………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!」



殺したくない。

死なせたくない。

生きて…………俺に関わらないで、生きて……っ!!



頭の中に渦が巻き始める。
体中に悪寒が走り、頭痛も吐き気も腹痛も、そして過呼吸に陥り始める。
視界がグラグラと揺れる。
脳裏には、沢山の映像が流れ始めた。


死んだ家族の思い出が。

死んだ友人の姿が。

名も知らぬ多くの、死んだ人々が。



「………おねが………来るな………しな、ないで……」



笑顔を、優しさを、魂を

自分が




消してしまう






「もう……嫌………だ…………」



どさり、という音と共にの身体はその場に倒れこんだ。
未だ近づいてくる子猫。
それを歪んだ視界にいれながらも、の意識はここから消し飛んだ。

誰かが、自分の名を呼んでいたような、そんな幻聴を聞きながら。






昼休みの訪れを告げるチャイム。
一目蓮は授業を終えた後、校舎内をうろうろと探索し始めた。
多くの女子生徒から「一緒に御飯食べませんか」とお誘いの言葉を貰ったが、そんなことはどうでもいい。
自分のやることは、1つだ。



「さぁて、どこに行ったかな。アイツは」



出席を取ろうとしたところ、教室から大脱走をしたあげく、授業に戻ってこない男子の格好をした不良少女。
皆に恐れられている、話題の人物。
そして今回の依頼人。




他のクラスの保健体育を受け持ってみて分かる、の噂の強さ。
曽根アンナと輪入道にも、授業の合間の休み時間に会って聞いてみたが、学校は勿論地域の方にも根強く根付いているようだ。


に関わると命をなくす』


これはもはや、噂ではなく常識と化しているようだ。
だからこそ誰も彼女に関わろうともしない。
話題にも出そうとはしない。
出すとしたならば、それはこの地域に越してきた新人に忠告として告げるぐらいらしい。
今回、それが曽根アンナと自分、一目蓮なだけだった話である。

なんとも不思議で、不可解な依頼人だ。
むしろ、一目蓮に至っては興味の方が勝っているが。


(つか、まだ学校にいるんだろうな?アイツ)


家に帰ってしまっていては探すこともできない、と今更気付いた一目蓮は顔を顰めながら外へと出向いた。
グラウンドを横目に、敷地内をゆっくりと歩く。
湿った風が少し、気持ち悪い。
そして、緑が茂っている裏庭が目に入った。


(へぇ、裏庭か……誰もいなさそうだな)


鬱蒼と茂っている緑はある意味不気味さを感じさせる。
この天気なら尚更だ。
こんな空間が学校にあっていいのだろうかと甚だ疑問を感じる。
まさかな、と何となく、その裏庭に一歩進み出したときだった。



「嫌だ………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!」



悲鳴、にも取れる大声。
それが裏庭の奥から聞こえた。
こんな茂みだ、何かあってもおかしくはない。
一目蓮はすぐに声の方へと走り出した。

普段なら放っておくところだが、一目蓮には2つの確信があった。
今の声は、であるということ。
そして、それに何かが関わろうとしていること。
…そうでなければ夢の中で何かをされているのだろう。


(どちらにしろ……依頼人だしな、確認しとかないと)


それだけの感情で何故こんなに速く走っているのか。
全くそれは分からなかったが、とりあえず一目蓮は走るしかなかった。
緑の茂みを掻き分けて奥へ、奥へと進む。
視界に、あの銀色が見えた。



「………おねが………来るな………しな、ないで……」



小さな声が自分の耳に届く。
壁に追い詰められているような様子だが、相手は見当たらない。
しかしながら、顔面は蒼白。
過度に呼吸をしている様子が見えて、それはどう考えても異常な状態を物語っていた。



「もう……嫌………だ…………」


「っ!!!!!」



どさり、とその場に倒れる
一目蓮はその様子を見るなり、すぐにの傍に走り寄った。
関わる、関わらないの問題ではない。

の顔を覗きこむと、やはり顔面は蒼白で、脂汗で体中が冷たくなっていた。
具合はすこぶる悪そうだ。



、おい、しっかりしろ!」



意識は戻らない。
これは保健室に寝かせておくべきだろうか。
しかし、保険医は役に立つのだろうか。
病院は…やりすぎだろうか。
それとも家に送り届けた方がいいのだろうか。


多くの考えが頭の中に浮かぶ中、耳にはかすかに子猫の声が届いていた。











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