先生の部屋へと移動する



事務的な雰囲気のあるそこへと









先生である竜崎が定位置の椅子に腰をかける。
部長の手塚はその隣に立つ。
自然とは、机を挟んで彼らと向かい合うように立った。



「で、話って何でしょうか…?」



ハッキリ言って、個人的に呼び出されているために緊張するに決まっている。
何か変なことをしたわけではないのだが、妙な心持になる。
汗を流しつつ、恐る恐る尋ねる。

先生は軽く笑って肩を竦めるだけ。
逆に、部長の手塚の顔は難しいものになっていた。



、と言ったな」


「は、はい」



腕を組んだまま、彼は戸惑いながら口を開く。
言いにくいことなのだろうか。
しかし、それは一瞬のみ。
心を決めたようで、彼は真っ直ぐにをじっと見つめた。



「先生から話は聞いている。…お前は…いや、君は女性だということを」



先生は知っていたこと。
部を預かる者として、そして子を預かる者として存在するからこそ。
そして、の父から信頼されているからこそ。

それを、部長の手塚が知っている。
は目を瞬かせたが、そこまで驚くことはなかった。


どちらかというと、冷静になっていく。
ああ、そうか。
聞いているのか、と。



「…そうですか」



変えようのない事実。
男子制服を着て、学校にも男子でどうにか登録してもらった女。

そしてその女は、男子テニス部へと入ろうとしている。
女子ではなく、男子へ。
理由は関係ない、それだけが真実。



「すまないね。一応部の最高責任者には言っておくべきだろうと思ってね」


「…いえ、それは当然のことです」



先生が謝るべきところではない。
むしろ、無茶をしようとしている自分の問題だ。

何故女子として学校に来ないのか。
わざわざ、何故女子テニス部に入ろうとしないのか。



「…理由は、聞かれましたか?」


「いや、色々と、としか聞かされていない。その他に聞かされたのは、君の父親がここのテニス部員だったこと、二年のブランクがあること位だ」


「そうですか」



恐らく先生は全て知っているのだろう。
しかし、抽出した部分しか提示していないようだ。
肩を竦めて見せている。
そこらへんは濁してくれた、ということか。

しかし、理由があるだけで真実が拗れるわけではない。
は部長を真っ直ぐに見上げて、口を開いた。



「……必要、ですか?」



必要ならば、理由も提示する。
あまり言いたくないのも、確かだ。
これはの問題だけじゃ留まらない。
親をも、巻き込んでしまう。



「……青学で、テニスがしたい。女子ではなく、男子テニス部で。……理由は、それだけじゃ駄目でしょうか」


「………」



これも、本当の理由だ。
ただ、一部分の。

手塚は何も言わない。
ただじっと、を見つめるだけ。
それは責めているのか、それとも差別の目か。
厳しいその眼差しの中に良い感情はない。



「……女である俺は、男子テニス部に入る資格はありません。皆さんにとって女を男子テニス部に入れることは屈辱的だということも分かってます」


「……」


「勿論、拒否してくれて構わないんです。これは、俺の我儘ですから」



男子の戦いの場に女が入っていくこと。
それがどんなに屈辱的なことか。
人を馬鹿にしていることか。

自分の我儘で、辺りを振り回す。
どんなにそれが罪深いことか。


だからこそ、彼は拒否する権利がある。
いや、権利どころではない。

拒否して、当然なのだ。


(それでも)


自分の我儘。
周りの迷惑。
全てを背負いこんでも。


(お父さん、お母さんがくれたテニスをするチャンス)


一度諦めたそれを
取り戻すためにくれたチャンス
時間、場所、お金、人との関わり



、ごめんな』


『私達に出来るのはこれぐらいしかないわ』


『『でも、何かあったら今度は私達が泣く番。それだけは覚えておいて』』



そして、貴方達の大切な心

これを捨てる位なら、何でも背負っていく



「女だから、男子の練習についていけないという情けないことは絶対にしません。テニスが好きだからこそ、妥協はしません」


「……」


「俺は、テニスがしたい。大好きなテニスを!」



例え駄目元でも、喉元まで喰らいつく。
テニスがしたい。
練習はテニスをするためのステップ、それを蔑ろになんてするはずがない。
どんなにキツかろうとだ。
そのためなら何だってする。

だからこそこうして髪を切って、染めて。
男子としてここに存在している。


は彼を見上げたまま、膝を下ろす。
床の上に正座をして両手をつく。
そして、頭を床に擦りつけるように思いきり下げた。



「部長、お願いします!無茶だと分かっています…ですが!どうか、どうか!俺にテニスをやらせてください!!」



テニスコートの上を

走り抜けたい


あの青空の下で

堂々と

ボールを追いかけて打ち返したい



テニスが、したい


テニスが



テニスがー……!!!











静寂の中に時計の秒針だけが響く。
誰も動かず、何も言わない。
コートからの部員の声が聞こえてくる。

それは遠い遠い、憧れの声。


しばらくして、溜息が誰かから零れた。
それは呆れのものか、差別のものか。
の肩が小さく震える。

懇願にも似たこの想い。
崩されるのは意図も容易い。

目を瞑って、審判を待つ。



「…


「はい」



部長の低い声が静かに響く。
空気が一瞬にして張り詰める中、も小さく返事をする。
そして、彼からの答えを待つ。

手塚は少しまた黙った後。
覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いた。



「…容赦はしないぞ」



の動きがピタリと止まる。
そして、頭の中でその言葉の意味を理解しようとグルグルと動き始める。
動きすぎて、理解が上手くいかない。

手塚が出した答え。
真っ直ぐなものではないが、それは確かに。


『許す』と、言っていた。



バッと顔を上げると、手塚と先生と目が合う。
先生はしょうがないとばかりに笑う。
そして手塚は腕を組んだまま、瞳は真剣なまま。

部を預かる者としての、顔のまま。



「ただし、性別が明るみになると此方の不備にもなる。あちこちに知れ渡った場合、この部活の存続も危うくなる。誰かに知られてしまった場合、その人物に黙秘してもらい、お前には退部して貰う形になる。…それで、構わないな?」


「…!!はいっ!!!」



許して、貰えた。
性別を、通り越して。
部の最高責任者として、の心を拾ってくれた。

勢いよくは返事をする。
その顔に安堵と嬉しさの笑みを浮かばせた。


明るみになった場合の対処はそれしかない。
それが当たり前の処置。
恐らく、このテニス部に入ったとて、あまりテニスをする時間がないだろう。
いつ、女子だとバレるか分からない。

それでも


(テニスが、出来る……っ!!!)


ずっと望んでいた世界へ。
あの、世界へ。


光輝く、あのコートの上へー…!!!




「着替えは背中に傷があるということにして保健室で着替えておくれ。それと、このことを知っているのは青学では私と保健室の先生、学園長と手塚だけだ。これ以上の人には知られんじゃないよ!」


「はいっ!」


「それと、どんなにアンタが上手くてもレギュラーには入れてやれないよ。大会に出してバレれば、尚更ウチの部が危ないからね」


「はい!テニス部に入れてもらえるだけで嬉しいです!本当にありがとうございます!!」



多くは望まない。
テニスが出来るだけで、それだけでいい。
はもう一度土下座の形から頭を下げた。



「宜しくお願いします!!」



許された期間の中でだけでも

テニスが出来る幸せを














第4話<<   >>第6話