あの世界へ踏み出せるのなら



何をも恐れず駆けていけ











話はついた。
その場で入部届けを提出し、その部屋を三人で出る。

一応テニス道具を持ってきていたものの、今日一日は見学のつもりだった。
だが、入部も決まっているために体験はさせてくれるらしい。
その言葉に足が軽く浮き立つ。
それを見て、竜崎先生はケラケラと笑い飛ばした。
父親とは正反対だ、と。



「ところで。アンタのことを知っているのは私達とご両親、他に誰かいるのかい?」


「あ、はい。…氷帝学園高等部の…跡部さんが」


「跡部が?」



竜崎先生の質問に答えたの言葉に反応するのは、部長の手塚だ。
先程と大して変わらない表情だが、目を見開いて驚いているのが見える。

それもそうだろう。
青学の男子テニス部と実力的に同じ、いや、もしくはそれ以上かもしれない相手。
ライバル校の名前と、そこに君臨する生徒会長兼部長の名前が、のコトを知る者として出てくるのだから。


驚く先生と手塚に、はコクリと頷く。
青学と氷帝のテニス部の関係を知っていたからこそ、冷静に。



「はい。ブランク期間のとき夏休みや冬休みに…跡部さんの別荘でテニスをやらせてもらってたんです。跡部さんと父が仕事関係で知り合いで…跡部さんにお願いして、テニスをさせてもらってたんです。氷帝の皆さんと一緒に」


「じゃあ、氷帝の部員は全員知ってるんじゃないのかい?」


「いいえ。そのときは俺も髪は長く“女の子のよう”でしたが、れっきとした男だと認めてもらってました」



そう、これは事実。
ここ二年はテニスに触れない状態にあったが、跡部景吾という人物の元でなら出来た。
彼は世界の跡部財閥の息子。
別荘をあちこち所有する跡部財閥の敷地にはテニスコートが何面も存在する。
勿論、本屋敷にも。

だからこそ長期休暇は別荘に氷帝の部員達も呼んで練習することが出来る。
そこに、も入れてもらっていた。

“跡部家の知り合いの男子中学生”として。



「じゃあ…」


「はい。跡部さんはああいう方ですから、理由を話さなければ別荘にも招き入れて貰えなかったでしょう……だから、父と共に理由を話しました。それで納得してくれて、口外もしないと約束してくれて」



父の知り合いとはいえ、理由もなく、簡単に男子だと偽ってテニスをさせてくれる人物ではない。
理由があったとしても彼なりに満足し得るモノではないといけなかっただろう。

だからと言って、嘘をつくわけにもいかない。
父はと共に、話した。
手塚部長には話さなかった、理由を一部始終。


彼はそれを聞いて、納得してくれた。
、知り合いの男子中学生として。
だからこそ、テニスの練習に参加させてくれたのだ。



「そういうことで、コトを知っているのは跡部さんだけです。氷帝の部員さん達や榊先生は俺の存在は知っていますが」


「そうか」



手塚は短く返事を返した。
歩みを止めず、三人はテニスコートへと足を進める。
の目の前にある大きな背中。
そこに青学の男子テニス部を背負っている。



「部長」



青い空の下に輝くレギュラージャージ。
の声に、手塚は振り向いた。
茶色に近い金髪が太陽の光を弾く。
真っ直ぐな瞳は、何を臆することがないかのよう。

だからこそ、も。
真っ直ぐに見詰めて声をあげた。



「きっと、これから迷惑かけると思います…俺の、この理由のことで」



いつか零れるだろう、理由の一片一片。
このまま綺麗に高校三年が過ごせるとは思えない。
一年すら、危ういだろう。
理由が、理由なだけに。


必ず、その時はやってくる。
きっと。
確信が出来るほどに。



「この理由は、俺の親や他の人をも巻き込んでしまうものなので…あまり人に言いたくはありません」


「……」



だからこそ、今回言うことは出来なかった。
お世話になる跡部にさえ理由を述べることを躊躇った。
竜崎先生は父から聞いているからこそ、そして理由を聞いたからこそ話さなかったのだろう。

あれはあまりにも。
言いにくいモノだったから。



「ですが、その時でなくても、もし理由提示が必要なときは言ってください。…きっと、そのときが来ますし、俺にはその義務があります」



本来、隠すこと自体が許されない。
無茶な要求を、無理矢理な理由で呑み込ませてしまったのだ。
だからこそ、義務がある。



「…それだけ、約束させてください」



無茶な入部。
これを許してくれた彼だからこそ。
何かあれば、己を絶対に差し出すということを。

自主的に、約束する。



「…わかった」



手塚の声が、真っ直ぐに頭に届く。
瞳の強さが、心を救ってくれたような感覚に陥らせる。
表情は変わらないのに、柔らかくなっているような気さえした。



「ま、その前に根性で負けて逃げるって手もあるけどねぇ」


「先生!そんなことは絶対にしません!約束します!!」


「ハッハッハッ!そうかねぇ」


「そうです!」



シリアスな空気をぶち壊すように先生が茶化す。
はそれに気付くことなく噛みついた。
それだけ、テニスを想う気持ちの方が上回っているということだが。

気がつけばテニスコートは目の前。
そこで先生とがじゃれあうという光景はある意味異様。


その様子は、コートの中から丸見えだ。



「あ、君戻ってきた!」


「本当だ!部長と先生もいるね」



球拾いをしていた一年生がそれに気付く。
仲良しトリオの中の二人、加藤カチローと水野カツオだ。
中学一年から一緒にいるし、三年ではお互いレギュラーにまで登りつめた。
ライバルでもあり、友人でもある。
その二人の瞳には同じモノが見えている。



「お、じゃん!アイツやーっと戻ってきたな」


「あ、堀尾君」



そこに、トリオのもう一人、堀尾聡史も現れる。
中学時代はテニス歴二年と豪語したお調子者だったが、着実に実力もついて三年ではレギュラー。
三人共、お互いを高めあった結果がこれだ。

高校に入ってからは初心からやり直し。
テニスは中学より上手くなったものの、レギュラー陣には届かない。
だからこそ球拾いからの出発だ。



「ところでアイツ、テニス出来んのかよ」


「さぁ…でも凄くテニスが好きだって言ってたよ」


「あ、そういえば実力は自信ないし、ブランクがあるって」



が来たとき、集まっていた一年生の中に二人がいた。
掃除当番だった堀尾は遅くなってしまったため聞けなかったのだ。
二人の言葉に彼は唇を尖らせて「ふーん」と興味なさそうに返す。
だが、目はしっかりと噂の人物を追っていた。



「ま、ここに入ったからには?この堀尾様がこのテニス部のルールを教えてやらなきゃな」


「何で堀尾君がそんなに威張ってんのさ」


「そうだよ。むしろルールが必要なの堀尾君じゃないの?」


「何をー!?」



三人の日常的な会話。
一人が調子づいて、二人が冷たく突っ込む。
時々これが大きくなって、部長に怒られてグラウンドを走らされる。
しかし、これがまた三人同士で刺激し合っているのは確かだ。



「コラー!そこの一年トリオ!球拾いに集中しろ!!」


「「「あ、はい!!」」」



と、まぁいつもはこうやって他の先輩方に怒られるのだが。
怒られるのは誰でも嫌である。
三人は背筋をピンと伸ばして返事をし、球拾いに没頭し始めた。

その間。
と部長、そして先生がテニスコートに入る。













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