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入部は出来た さぁ、テニスを始めよう 手塚は自分でランニングをしに行ってしまった。 確かに彼だけ練習を蔑ろには出来ない。 先生と二人、彼を見送ってベンチへと座った。 重たかったテニスバッグを置く。 今日買ったばかりの教科書も入れたため、重さは今日の朝の何倍だ。 精神的に男子テニス部に入れるかどうかとう不安も持っていたため疲労もある。 小さく息を吐くと、隣から声がかかった。 「。アンタも軽く体操とかしておきな」 「え?」 「…体験するんだろう?だったら怪我しないように、やっておきな」 ニヤリと笑ってみせる竜崎先生。 その顔はクイと動き、テニスコートへと促した。 プレイをさせてくれる、らしい。 は目をキラキラと輝かせて「はいっ!」と大きく返事をした。 学ランの上を脱いで、ワイシャツをも脱ぎ捨てた。 汗を掻いてもいいように中には黒いTシャツを着ていたから大丈夫。 勿論、胸もさらしで潰しているため目立たない。 「オヤ、準備がいいじゃないか」 「あはは、実はズボンの中も準備済みです」 黒い学ランのズボンを恥じらいもなく脱ぐ。 そこから一年のジャージである赤い半ズボンが顔を出した。 見学とはいえ、もしかしたら自分に出来ることがあるかもしれない。 だからこそちゃっかり準備をしていた。 先生からも呆れの溜息が零れる。 シューズも持ってきたものに履き替える。 怪我は絶対に避ける、それが選手のあるべき姿なのだから。 は準備体操をし始めた。 筋肉を解し、関節を伸ばす。 いつでも動けるように。 「…昔は父親とやり、長期休みでは氷帝と一緒に練習したんだ。少しは実力がついてると思うんだがな」 「それは買い被りです。一緒にやらせてもらってたってだけですから」 いつでも、大好きなテニスが出来るように。 いつもやってきた準備体操。 小さい頃は父親からずっとテニスを練習してきた。 氷帝の人達とも共にやった。 テニスに触れられない日常でも重りをつけたりして、少しずつはトレーニングしていた。 だが、きっとこれだけじゃ。 何も変わらない。 「ブランクがある、それだけで経験値はゼロですよ」 どんなにトレーニングを積んでも、テニスに触れられないのでは意味がない。 ボールを打つ感覚が頭の中に残っていても、身体が動かない。 それを長期休みになる度に感じさせられた。 「だから、これから頑張って猛追するつもりです。昔の俺を超えられるように。…もっともっと、強くなるために」 きっと今の自分は、過去の自分よりも弱くなってる。 まずはそこに追いつくことから。 そして、それ以上にもっともっと強くなりたい。 テニスが、したい。 「…そうかい。じゃあ、ラリーを軽くしてから思いきり暴れといで」 「はいっ!!」 はその場にぴょんと跳ねて、満面の笑顔で応えた。 準備運動は万端。 自分のバッグから、紫色のラケットを取り出す。 ずっと求めていた黒いグリップの感触、ガットの感触。 久しぶりに触れたそれは、いつでも準備万端とばかり輝いているようにも見える。 の目に輝きが増す。 竜崎先生はそれを見て、優しく微笑むとその場に立ち、大声をあげた。 「カチロー!ちょっとこっちに来な!!」 「あ、はいっ!!」 一年トリオの一人を呼ぶ。 独特の髪型が印象的な、小さな一年生。 勿論、僅かながらの方が背は小さい。 幼い瞳をクリクリと輝かせて、先生の目の前に立つ。 中々人懐こそうな人物だ。 先生は彼を見て、を指差した。 「今日から部員のだ。ちょっと軽くラリーしてやってくれないかい?」 どうやらラリーをさせる相手を呼んだらしい。 は驚きつつも瞬きをして、彼を見つめる。 彼も、を見てニッコリと笑いかけた。 「あ、はい!よろしくね、君!」 「うん!こっちこそよろしく!ええと…」 「僕、加藤カチロー!カチローでいいよ」 「そう?俺もでいいよ!カチロー、ラリーよろしく」 同じ一年だからこそ、笑いあえる。 身長が近いことからも、そしてお互い性格が穏やかであるからこそ。 照れも入ったところで握手を交わす。 「じゃあ、こっちのAコート使おっか」 「うん!」 案内されるがままに、コートに入る。 先生もそこを使っていた先輩方に声をかけ、どけてもらっている。 彼らにペコリと頭を下げて、白線の内側に入る。 渡されたボールの感触に、笑顔が零れる。 「じゃあ、君から打っていいよ!」 「ありがと!じゃあ、いくよ!」 カチローが許可を出す。 その笑顔に、も笑ってボールを弾ませた。 ポンポンと綺麗にバウンドするそれは、早く打って欲しいとばかりに跳ねる。 心も、跳ねあがる。 ポーンと上へと、あがる黄色いボール。 青い空に、溶ける 紫のラケットを振り上げて テニスが、できる 「はいっ!」 たかがラリー、されどラリー。 ラケットとボールが合わさった音が綺麗に響く。 この感触が、堪らない。 「えいっ!」 音と一緒にボールが返ってくる。 それがどんなに幸せか。 は満面の笑顔で。 嬉しくて泣きそうになりながら、またラケットを振った。 ボールが弾む、心と比例して。 「…ホウ」 竜崎がその様子をじっと見つめる。 ラリーだけだというのに、は自分を確かめるようにいろんな打ち方に挑戦していた。 スマッシュ、ドロップショット、ボレー…その他諸々。 何よりも、眩しい笑顔で。 それにつられて、カチローも笑顔でラリーをしている。 ラリーだというのに、まるで試合をしているかのように。 「さすがは、の子ってことかね」 基本はバッチリ。 それ以上に応用も出来ている。 中学時代がこれだったなら、間違いなくトップクラスだ。 氷帝学園高等部と練習を共にしてたのなら、高校レベルにまで達しているはず。 しかも、それもまたトップの方にまで。 「…こりゃ試合させてみた方がいいかもねぇ。どう思う?手塚」 いつの間にか隣に戻ってきた部長に聞いてみる。 彼はいつもと同じ真剣な表情で準備体操をしながら、二人のラリーを見つめている。 アップだが、そこにテニスの実力を見る鍵がある。 瞳を細めて、慎重に観察する。 「…そうですね。手始めに堀尾あたりにやらせてみた方がいいでしょう」 テニスの実力をしっかりと見極めるのには、試合が必要だ。 その端々から技術、体力、筋力などが見えてくる。 一人一人違うからこそ、練習の仕方も変わってくる。 それぞれに見合った練習をさせるためにも必要なこと。 「じゃあ、そうしようかね」 中等部で一緒だった部員達は日々成長しているが、それぞれ特徴は分かっている。 だからこそ、新入部員の器も測らなくてはいけない。 先生はクスリと笑うと、堀尾を呼びだした。 「堀尾!のラリーが終わったら試合やってやんな!!」 「え、俺がッスか!?」 堀尾の呼び出しに、自然とカツオもついてくる。 二人で目を丸くしてラリーをする人物達を見やる。 自分達よりも背の小さい銀髪。 ラリーでは何ともないように見える。 「言っとくけど、ナめんじゃないよ!アイツはああ見えて、結構やりよるからね」 「そッスかぁ?そうは見えないッスけど。チビだし」 「やって見なきゃ分からんだろう。アップしときな」 「はーい。カツオ、お前手伝えよ」 「うん、いいよ」 渋々ながらも堀尾は頷き、カツオと共にアップを始める。 彼らも中学時代はレギュラーを取った実力者。 氷帝と共に練習していたとはいえ、ブランクがあることがどう出るか。 彼らを見送りつつ、をも見やる。 楽しそうにラリーをする彼女は、どのようにテニスをするのか。 「楽しみだねぇ」 先生はクスリと笑う。 これからの試合に、期待を持って。 |