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テニスの試合に 酔いしれろ 「!カチロー!ラリーはそこまでにしときな!」 「「!!」」 先生の声に、は瞬時にラケットを振るのを止めた。 ボールを受け止めるだけにして、ラリーも止める。 静かな音と柔らかい感触。 黄色いそれは、の左手にそっと落ちた。 「部員は全員集合!!」 部長からも声がかかる。 練習を全て終わらせて部員達が急いで集合する。 綺麗に並ぶ中、はカチローに笑いかけた。 そして、小さく。 「カチロー、ラリーつきあってくれてありがと!」 とお礼の言葉を述べた。 彼もそれに笑顔で応える。 自然と一年生の列に並んで整列する。 カチローの隣に並ぶと、その向こう側の一年生とも目が合う。 坊主頭の少年と、派手なシャツの少年がいる。 今は整列中だからこそ、話はかけられない。 だからこそ笑いかけた。 「!前に来てくれ!!」 「ふあ!は、はい!」 整列したときに自分がまた呼ばれるとは思っていなかった。 部長の低い声に、がドモって返事をする。 そして全力ダッシュで手塚の前に立った。 彼の隣には先生と、副部長の大石が軽く立っているのが見える。 反射的にビシッと気を付け。 彼は何も臆さず、先生が緊張したままのの身体をグイッと無理やり動かして部員達の方へと顔を向けさせた。 「何となく察しているとは思うが、新入部員が入った。一年のだ」 なるほど、新入りの挨拶だったのか。 全員の好奇の目がにジリジリと向けられる。 先程案内してくれた不二が小さく手を振ってくれる。 は緊張したまま、彼に小さく頭を下げた。 「高等部からの入部だが、皆、仲良くやるように」 「「「「はい!!」」」」 部長の言葉に文句を言う者はいない。 あったとしても、言ったら走らされるに決まっている。 ほとんどが大きく返事をして、頷く。 一部、声を出さない人物もいるが。 先生は、声を出さずにの背中を押す。 紹介をしろ、と言っているのだろう。 「ホレ、」 「あ、はは、はい!一年のです!!テニスが大好きです!!これからよろしくお願いします!!」 促されてはようやく挨拶をすることが出来た。 ドモりながらも頭を下げる。 皆のいろんな感情が入る多くの視線が、チクチクと痛い。 ハッキリ言って、ドモったこともあって恥ずかしい。 どこからか小さく笑い声まで聞こえてくる。 頭を上げると、皆の視線が目に入る。 すると、手塚は自分の前に出た。 「以上だ。各自練習に戻るように!」 「「「「はい!!!」」」」 手塚の声に全員がまたバラバラに散らばっていく。 その中、は先生に肩を掴まれたまま動けないでいる。 手塚もその姿を見下ろしていた。 そして、整列のまま残ったのは一年トリオ。 どうしたものか、とが首を傾げたと同時に手塚が口を開いた。 「。お前は一年の堀尾と試合してもらう」 「はい!……ふわ!?ええ!?」 勢いで返事をしてから何を言われたのか理解する。 だからこそ、大きく驚いた。 あたふたして、見上げて真意を問う。 部長は相変わらずの真顔で、口を開いていた。 「試合をすることでお前の実力を見させてもらう。水野、審判を頼む。堀尾も位置につけ」 「あ、はい!!」 「はい!」 坊主頭の少年が声をあげて、審判の台につく。 位置についたところで、手を振ってOKのサインを出す。 コートの上に堀尾もスタンバイした。 未だポカンとしているの背を、先生が押した。 「ホレ、暴れるんだろ?」 そうだった。 先生が、暴れていいと言ってくれたんだった。 試合が出来る。 打ち合いじゃなく、本当の試合が。 グリップに、力が篭る。 「…はい!!やらせていただきます!!」 先生と部長に改めて勢いよく頭を下げる。 そして笑顔を向けて、コートへと走り出した。 擦れ違う途中でカチローが「頑張ってね!」と声援をくれた。 「うん!」とも手をヒラヒラと返す。 ネットの傍では、戦ってくれる少年がラケットで肩を叩いて待っていた。 「よろしくな!えっと、堀尾って呼んでいい?」 「堀尾様って呼んでくれてもいいぜぇ?なんたって、テニス歴五年だからな!」 エヘンと胸を張る少年はお調子者らしい。 遠くからカチローとカツオが「それ関係ないじゃん」と声をあげる。 しかも、冷たい視線で。 しかし、には関係ない話。 目を瞬かせた後、何だか面白くなってケラケラと笑いだしてしまった。 「あはは!堀尾様、胸をお借りします!」 「おうよ!!ま、精々頑張ってくれたまえ君!」 「はいっ」 はそんな彼を貶すこともなく、それを受け入れた。 そこにまた彼が調子づくのだが、は全く気にしていない。 お互い笑顔で握手を交わして、堀尾がラケットを回転させた。 「フィッチ?」 「ラフ」 カラン、と音が鳴ってラケットが倒れる。 文字が逆様。 サーブ権がに渡された。 それぞれ位置につく。 テニスボールを弾ませると同時に、大きく深呼吸をする。 綺麗な空気を思いきり吸い込んで吐きだす。 青空と、優しい風を肌で感じる。 このテニスをする、という感覚すらも。 「さて、見ものだねェ」 コート脇のベンチで竜崎が笑う。 その隣に手塚が立つ。 水野が大きく「ワンセットマッチ、、トゥーサーブ!」と声をあげる。 彼らはしっかりと、そのコートを見つめていた。 の顔からは、笑み以外が零れない。 「いくよ、堀尾様!!」 「バッチコーイ!!」 ボールを空高く放る。 右手の紫のラケットを思いきり振った。 テニスは、サーブから始まる。 お互い打ち合う音が青空に溶ける。 その音に導かれて、自主練をしていた人々が集まってきた。 新入部員の実力がどんなものか見たい者もいる。 彼らは網の外から見ていた。 と堀尾の様子を。 「やっぱ新入部員は大したことねーか」 二年の一人の声に、辺りが同意を示す。 得点から見て、堀尾の方が2−0でキープしていた。 今はがコートの左右に動いてボールを打っている。 はたから見たら、堀尾に走らされているように見えた。 堀尾は全くその場から微動だにしない。 しかし、は笑顔のまま。 楽しそうにコート中を走り回っていた。 「堀尾様、やっぱり上手いんだな!すっごい楽しい!!」 「エヘン!名づけて堀尾ゾーン!!褒めても何も出ないぜ!!何たって堀尾様だからな!!」 どう考えても、堀尾が優勢。 他の部員達も「こんなもんか」と納得して見ている。 だが、竜崎先生はニヤリと笑い、手塚はいつになく真剣に見入っている。 レギュラー陣もしっかりと見ていた。 「…はたして、そうかな?ねぇ乾?」 不二がふわりと笑ってみせる。 その横で、乾と呼ばれた眼鏡をかけた青年がノートを片手にメモを始めた。 情報を取っているのだろう。 小さく頷いて、コートをしっかりと見つめた。 「ああ。があちこち走り回ってるのは一見、堀尾が動かしているようにみえるが……逆だな」 「ハハッ本当だ!あの銀髪おチビ、わざと堀尾に球を集めてるにゃ!」 「英二にも分かったのか。すごいコントロールの持ち主だよ、は」 データテニスを得意とする乾貞治の次に喋ったのは、アクロバティックなプレイをする菊丸英二。 そして彼のダブルスの相方である大石が続く。 全員がレギュラージャージを持つ実力者。 だからこそ、他の部員達のように堀尾が優勢だとは思っていない。 完全に試合を見切っていた。 「それにアイツ、わざと動いてアップしてやがる」 「それまで計算してるってか!ッカー!これまた凄い人材だぜ」 バンダナを巻いた青年が睨みつけながら小さく声を出す。 彼の言ったとおり、は左右に走っているのは自主的なもの。 これも計算かよと文句を言うツンツン頭の青年が呆れながらも笑っている。 海堂薫と桃城武。 二年のレギュラーであり、お互い犬猿の仲。 彼らの意見が一致した途端、二人は見合った後そっぽを向いた。 「それだけじゃないッスよ」 「越前も気がついたか」 その中、一際小さなレギュラーが声をあげた。 帽子を深く被り、黒い髪がそこから小さく揺れる。 猫のような目はしっかりとコートを見つめていた。 越前リョーマ。 彼こそ一年レギュラーのエース。 幼い頃からアメリカでテニスをして育ち、そして伝説の選手、越前南次郎の息子。 一度は留学した経験もあり、期待の逸材だ。 「アイツ、堀尾のテニスを見まくってるッス」 「ああ、研究している」 越前の声に乾が賛成の意を示す。 彼らの目にはしっかり映っていた。 目をキラキラと輝かせてボールを追いかけて打つだけではない。 相手である人物のプレイスタイル、長所短所。 楽しそうに、それを見つめている。 「だからこそ、沢山のショットを打たせてるんだろう。相手の特徴を掴むために」 「うん。でも、これで色々と出揃っただろうし、アップも出来ただろうから…きっとこれから仕掛けてくるね」 「ああ」 他の部員達が見つめるそのコート。 彼ら話を途切れさせた途端、ラケットの音が止んだ。 審判であるカツオが声を、戸惑いながらあげる。 30−15。 の打ったスマッシュが、綺麗にコート内に収まったからこそ。 あちこちで動揺の声があがる。 初のポイントに「まぐれ」だとかそういうものも上がる。 しかし。 「はい、堀尾様!!」 「ぬおーっ!!生意気な!!堀尾様の引導をくれてやるぅぅ!!」 次から次へと、どんどん決まっていく。 あっという間にポイントが取られていく。 まるで堀尾が打つボールの場所が分かっているかのように、そして彼がどう動くのか分かっているかのように。 綺麗に、決まっていく。 「お、おい、堀尾のやつめっちゃ押されてるぞ」 「中学んときレギュラーだっただろうが!」 外野のブーイングが響く中、堀尾は汗と息が止まらない。 これでも中学時代は活躍した選手の一人だ。 高校とはレベルが違うとはいえ、内心、焦り出す。 自分が2−0と有利に立ってから。 一度もポイントが取れなくなってきている。 同じ一年相手なのに。 相手はブランクもある、というのに。 「くそっ!!」 目の前を走る新入部員はオールラウンダー。 笑顔を振りまいて、球を見抜いて瞬時に走り抜ける。 とても、楽しそうに。 テニスを、する。 「…ふっ」 竜崎が笑う。 目の前を楽しそうに走る、テニスをする、がいる。 テニスに触れられた喜びを、爆発させている。 満面の笑顔で。 テニスが大好きだと、身体全てで表現させて。 「どうだい、手塚。面白いだろ?」 「ええ。…まさかここまで良い選手だとは思ってませんでした」 「ハハッ私も予想以上だったよ」 二人はのんびりと腕を組んで見ている。 表情も先程とあまり変わっていない。 だが、の動きを見て、考えていることは同じだった。 「今度は二年の荒井あたりに当たらせようかねぇ」 「はい」 気がつけばいつの間にやらのマッチポイント。 最後の最後まで、は笑う。 堀尾は諦めてなどいない。 最後まで喰らいつこうと必死だ。 だからこそ、は笑う。 嬉しい、と。 実力的には今の一年より上。 後は、二年と当たらせてみて、差を測る。 ちなみに荒井はレギュラー外の二年の中では実力的に上の方だ。 勿論、中学三年のときにはレギュラー入りを果たしている。 もし、彼に勝てるようなら。 「…レギュラー決めのトーナメント戦に、入れなきゃいけなくなるかもねぇ」 楽しそうに先生がぼやく。 レギュラーにはさせないと言った手前だが、実力があるのならばトーナメント戦から外してしまっては感づかれるかもしれない。 手塚は顔を厳しくさせながら、しっかりと前を向いていた。 「そうですね」 同時にかかるコール。 ざわめくギャラリーと、悔しがる堀尾の声が響く。 どちらかというと負け惜しみに「譲ってやったんだよ!」と声を荒げているんだが。 結果は2−6。 の勝利が、ボードに示されている。 当の本人は、フゥと軽く息を吐いて汗をぬぐった。 そんなにかいてはいないが、晴れやかな心持。 勝ったからではない。 久しぶりに、テニスが出来たことへの気持ちだ。 「堀尾様、ありがとうございました!」 「う、ウム!精進せぇよ!!」 負けた立場だからこそ、いつもの勝気な部分がヤケクソになっている。 しかし、握手を交わしてくれた。 はそのままうんと伸びをする。 そして心から 「やっぱりテニスは楽しい!!!」 と叫んだのだった。 |