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それは 宝探しにも似ている 朝練が終わり、只今高校生の本分の勉強中。 教壇に先生が立ち、つらつらと教科書に書いてることの補足をしている。 黒板の文字を懸命に書き写して埋め尽くすノート。 あちこちに「カリカリ」という音が響く。 は頭を悩ませながら、それらを理解しようとしていた。 (わ、分からない…!文法難しい…haveの意味がなんでこんなにあるんだろ…中学時代は過去完了で良かったのに…!) ちなみに英文法の時間だ。 リーディングは単語の意味と文の流れで何となく読み取れるのだが、文法は別。 悩みながらも、とりあえずはノートを取らなくてはいけない。 それだけが、今のの限界だ。 ようやく黒板を書き写し終わり、先生がちょっとした雑談に入る。 そこに安堵の息を零し、は窓の外を見た。 青い空に白い雲。 今日も良い天気で、絶好のテニス日和。 緑が綺麗な庭に目を奪われたときだった。 (………あれ?) もそもそと動く灰色が見える。 小鳥か何かよりも大きく、四つん這いの生き物。 尻尾と手足の先が若干茶色い。 それはの視線に気付いて、くるりと振り向いた。 (……たぬき?いや、猫?) 青いサファイヤのような瞳。 それはくりくりと動きながらを見つめている。 も負けじと、物珍しいその猫を見つめた。 確か、ヒマラヤンという種類の猫だっただろうか。 それが野生だとは信じがたい。 恐らく、飼い猫なのだろうが何故学校にいるのだろうか。 猫は気ままだというから、別におかしくもないような気もするのだが。 「じゃあ、この問題を…」 「……………」 猫に集中したまま、は何も反応しない。 先生が顔を上げても、前の生徒が振り返ってもだ。 仲良くなった友達の一人が手を上げる。 「…先生〜、はまた違う世界に飛んでまーす」 「はぁ、またか…コラァ!!」 「ふあっ!ははははふぁい!!」 大きな声で呼ばれれば、此方に戻ってくる。 はドモりながら大声で返事をし、思いきりそこに立ち上がった。 辺りから笑いが零れていく。 先生は呆れた、とばかりに溜息を吐いた。 「ったく、今度は何に心奪われてたのか知らんが、授業にも集中しろ」 「あ、はぁ、す、すみません…」 「で、問10の答えは?」 「え、えっと…過去完了?」 「ん、正解だ!座っていいぞ」 「は、はい。お騒がせしましたー…」 おずおずと謝りながら席に座る。 ちなみに隣の友人は声には出さないが、笑いっぱなしで震えている。 周りも未だにクスクスと笑っているため、恥ずかしい。 先生がまた説明を始める中、はちらりとまた窓の外を見る。 先程までいた猫はもういなくなっていた。 (…不思議な猫だったなぁ…) 今日の放課後の部活は休み。 特に用事もないので、探してもいいかもしれない。 そんなことを考えつつ、授業へと集中した。 「ねぇ」 「あ、越前。どしたの?越前から声かけるなんて珍しいな」 そんなこんなで放課後。 鞄を持って、これから不思議な猫を探しに行こうと思ってたときだった。 廊下には隣のクラスの越前が立っていて、自分を呼んだ。 駆け寄ってそう尋ねるが、彼はそんなこと気にしていないように口を開いた。 「カルピン見なかった?」 「カルピン?」 「俺んとこの猫」 聞いたことのない名前にが首を傾げる。 すると、彼は素直に説明してくれた。 自分の家の猫だ、と。 「学校に来てるみたい。さっき、チラッて見かけたから…家に戻さないと」 いつもの彼とは思えない、心配そうな顔。 はそれを見ながらも、ポンポンと励ます意味で肩を叩いた。 顔を上げる彼に、やんわりと微笑んでみせる。 「俺も手伝うよ。どんな猫?」 「…ヒマラヤン」 の表情に若干戸惑いながらも、越前は猫の種類を言ってのけた。 そこで、今日の授業中の猫が頭の中をフラッシュバックする。 まさか、とは口を開いた。 「ヒマラヤン?…もしかして足と尻尾茶色っぽくて、目が凄い綺麗な青じゃない?」 「知ってんの?」 「あ、やっぱりあの子か!?授業中、庭にいるの見かけたんだ!じゃあやっぱり学校に来てるんだね!!」 それが分かれば、学校中を調べるだけだ。 越前よりも、は嬉しそうに笑って跳ねる。 そして、そうと決まれば、と廊下を走りだした。 「じゃあ、俺、庭探してみる!見つかったら電話するね!」 「あ、ちょ」 「いなかったら、違うとこも探してみるから!越前も見つかったら電話頂戴!じゃ!!」 越前の了解も聞かないまま、颯爽と去っていく。 と、いうのもの性格上、集中してしまったら何も聞かない。 廊下にポツンと取り残される。 「……」 しかし、いつまでもそこにいてもしょうがない。 越前も背中を見送った後、猫を探すために動き出した。 電話番号知ってたっけ?と思いながら。 「カルピンく〜ん、どこだーい?…いや、カルピンちゃんかな。性別聞いておけばよかった」 さっさと庭にやってきて、名前を呼んでみる。 が、相手は猫だ。 名前を呼んだからとて、素直に出てくるわけがない。 また、今もここにいるとも限らない。 そこらへんに生えてた猫じゃらしを持って、草や木を覗いてみる。 庭が広いので、これまた一苦労だ。 「んー、やっぱどっか行っちゃったかなー」 見かけたのは午前中。 まだここにいる確立はかなり低い。 それでも猫は、遊ぶ場所があるここや、日向ぼっこが出来る屋上にいそうだ。 家に帰ることも出来るかもしれないが…越前が心配しそうだ。 いつもの生意気な空気がなかった先程の表情が頭を過ぎる。 「カルピンくーん、カルピンちゃーん」 諦めては負けだ。 辛抱強く声をあげる。 一旦声を出すのをやめて、呼吸を整える。 校舎の角にさしかかった、そのときだった。 「ほぁら〜」 変な声が聞こえた。 いや、鳴き声だろうか。 それと。 「ホレ、ホレホレ。チッチッ」 低い、誰かの声。 聞いたことがあるのだが、顔を見ないことには思い出せない。 ひょっこりと覗きこむように顔を出す。 そこには朝見たヒマラヤンの猫。 そして、猫じゃらしを片手に戯れている…。 「へ?…海堂先輩?」 「あ?」 恐い顔でいつもはバンダナを巻いてるレギュラーメンバー。 海堂薫がそこにいた。 あまりの衝撃。 しばらく二人で一時停止。 そして。 「…っ!!なっ!いやっ!これは違っ!!」 海堂が真っ先に慌てだした。 猫じゃらしを持ったままのため、猫はそっちに夢中になって手を出している。 「あ、い、いえ!ちょ、海堂先輩落ち着いて!そのまま猫じゃらしでその猫引きつけておいてください!」 「あ、ああ?」 もようやく此方に戻ってきて、ブンブンと手を振った。 そして、そのまま引きつけるように言う。 意外な事実を知られて焦る海堂はそのまま、言葉を聞いてとりあえず猫じゃらしを振ったまま。 猫はやはりそれにじゃれてるまま。 はそれを見ながら、ゆっくりと近寄った。 「そうです、そのままそのまま…」 「………」 そおっと両手を出す。 すると、猫はピクリと顔を動かした。 やはり動くものに反応する。 は猫の機嫌を損ねないように、笑顔で両手を地面においた。 「…おいでおいで〜…カルピンくーん」 「……ほぁら〜」 「……」 興味を持って近づく、クリクリの青い目。 どんどん距離が縮まっていく。 海堂はその様子をじっと見つめていた。 「そうそう、おいでおいで〜…よしよし……捕まえたっ!!」 捕まえる位置に来たところで、はひょいと掬いあげた。 ホッと安堵の息が零れる。 柔らかく抱きしめると、カルピンだと思われる猫は驚いて暴れ出した。 「ほぁら〜!」 「あー!乱暴にしないから暴れない暴れない!よしよし…いいこいいこ」 「ほぁら〜」 宥めようとするが、やはり知らない人に抱かれるのは嫌らしい。 しかもの両手は塞がったまま。 撫でることも出来はしない。 「うわ、元気だな!?ちょ、海堂先輩!宥めてください!」 「な、宥める!?」 「ほら、頭撫で撫でしてください!俺両手塞がってますから!」 こうなったら海堂に任せるしかない。 任命された人物はそう来るとは思ってなかったのか、戸惑いを隠せてない。 が抱きしめたまま、どうにか海堂の傍へと移動する。 そして、猫の頭を差し出すように動いた。 「はやくっ!逃げられたら困るんです」 「あ、ああ…」 頼まれたらしょうがない。 海堂はとにかく、促されるまま手を伸ばした。 ふわりと頭に触れる。 猫は大きく目を見開かせたが、そのままゆっくりと撫でた。 優しく、優しく。 「…よーしよし」 猫はだんだん大人しくなっていく。 はそれに合わせて抱きしめる形を調整しつつ、お腹なども撫で始めた。 「…ほぁら〜……」 「…ああ、良かった。大人しくなった…いいこいいこ、カルピン」 完全に寛ぎモードになった途端、は心からの安堵の息を零した。 これで逃げられたら、また苦労して捕まえなくてはいけない。 撫で続けながら、温かい身体を柔らかく抱きしめた。 「海堂先輩、ありがとうございます。先輩が猫好きで助かりました」 「…ハッ!あ、いや!!ち、違っ」 猫と戯れていたために、緩んでいた顔が急に引きしまった。 どうやら現実に戻ったらしい。 海堂の顔を少々赤くしながら、真っ先に否定から始まった。 恐らく、恐い顔の自分が可愛いものにツられている姿を見られたくなかったのだろう。 が、時はすでに遅し。 にはバッチリ見られていたのだから。 「否定しなくてもいいですよ」 「だ、だから違っ」 「そんなに知られたくなかったことなんですか?」 確かに意外だが、そこまで知られたくなかったことなのだろうか。 完全否定する海堂に、はこてりと首を傾げた。 猫もついでに同じく首を傾げる。 その可愛らしい仕草に、海堂はまた表情を崩しそうになりながら何とか耐える。 そして、コホンと咳をして気持ちを整えた。 「…いいか、このことは絶対誰にも言うなよ!絶っ対だ!」 「先輩が猫好きってことですか?」 「絶っっ対ぇだ!いいな!!」 猫好きを肯定しないが、否定もしない。 ということは、やはり好きなのだろう。 いつもの迫力ある顔でそう言われてしまえば、本当に知られるのが嫌なのだろうと分かる。 恐らく、彼のプライドなどの問題だろうか。 にとってはそんなに嫌なことか分からない。 だが。 「…まぁ、そこまで言うなら、はい。約束します」 嫌がることはしない。 笑顔でコックリと頷けば、海堂は「チッ」と舌打ちをしながら立ちあがった。 のことを信じて、そして帰るのだろう。 背中にテニスバッグを背負って校舎の角を曲がろうとしている。 「海堂先輩、本当にありがとうございました」 その背中に今一度お礼を述べる。 彼は一瞬ピタリと止まったが、そのまま、また足を進めた。 さっさと帰っていくあたり、彼らしい。 そして。 「…よし、じゃ越前に報告だな。カルピン君、ちょっと片手で持つけど暴れて逃げないでよ?」 「ほぉら〜」 分かってるのか、とりあえず返事が返ってきた。 は苦笑を零しながら片手で抱えて、もう片手でポケットから携帯電話を取り出した。 部活で配られた連絡網の電話番号やアドレスがバッチリ入っている。 黒と紫の色が入ったそれのメモリーを取り出していく。 一年のそこから、越前の名前を呼びだす。 「あ、もしもし?越前?だけど。庭にいたよ〜!今捕まえてるから、早く来て〜!」 彼が来るまで少し時間がある。 はその間、ずっとカルピンを抱きしめたままあやしていたのだった。 |