|
試合は あっけなく終了していた 向かいのコートでは汗をしとどに流し、息を切らせている大人二人がいる。 結果はあまりにもあっけないものだった。 ダブルスという試合にもならなかった。 ほとんど、リターンエースとサービスエースのみ。 そしてポイントを一つも取られなかった。 結果は勿論。 と桃城のダブルスペアの圧勝。 「おーし、勝った勝った!結構あっけなかったな」 「ハァ…良かった、勝てて」 しかし、反応は別々だ。 一人はつまらなかったとばかりに喜び、一人はホッと安堵する。 だが、二人は汗をかいてもいない上に、息も切らせていない。 相手からは悔しがる声が多少聞こえる。 だが、それは周りにいた子供達の歓声によってかき消された。 「凄いや!お兄ちゃん達!」 「格好いい!!」 全員が此方の味方。 怪我をしていた子供もしっかりと立ちあがっている。 どうやら手当てもきちんとされたらしい。 全員、いい笑顔だ。 もう恐怖が微塵も残ってない様子。 そこに、はまた安堵の笑みを零すことが出来た。 「桃城先輩、ありがとうございました。お陰でダブルスで倒すことが出来ました」 「いいってことよ!ってか、ダブルスって感じじゃなかったけどな」 「はぁ…」 礼を改めてすると、桃城が胸を張って笑った。 ラケットで己の肩をトントンと叩いて。 その笑みにどれだけ心が落ち着かされたことか。 溜息を吐いたもつられて笑うしかない。 二人で軽く笑い合っていると、倒れていた大人達がようやく立ち上がり始めた。 悔しいと、あからさまに表情に表して。 「くそっ…ガキ共が調子に乗りやがって…」 「てめぇらザケんなよ……これぐらいのテニスで…」 しかし、どう考えても負け犬の遠吠えだ。 痛くも痒くもない。 彼らの目は濁っていて、目の前にあるものを見失っているよう。 大切な、ものまで。 「これでも喰らえ!!」 先程まで倒れていた人物が、これまでにない程の速さでラケットを手に取る。 転がっていたテニスボールが空に投げられていく。 もう試合は終わったというのに。 濁った眼は、桃城とに映っていない。 あのボールが出向くのは。 「っ!!」 それが分かった途端、の足が反射的に、勝手に動く。 歓声の先にあるそこ。 子供達のところへ。 「死ねぇぇl!!」 ラケットとボールが合わさった音が響く。 同時に脳裏に過ぎるのは、彼らの打った球の特徴。 見なくても、どこに動くかどうかは予測出来る。 そして、この試合の原因を考えれば自ずと答えは出てくる。 「!うあああああっ!!」 悲鳴が響く。 ボールの行き先である少年の、声が。 バシリッと乾いた音が響く。 ラケットとボールの音じゃない。 ボールと、肌が合った音。 一瞬、静寂に包まれる。 誰も何も喋らない。 今の状況を、全員が理解しようとしているから。 フゥッと口から零れる息。 紫苑の瞳は、今までにない位に鋭く細められた。 「………いい加減に、しろや」 怒りで声が、低く唸る。 の小さな右手にスッポリとはまる黄色いボール。 先程まで手の中でスピンして、皮膚を擦りむかせた。 小さな痛みが走る。 だが、それを感じさせない程、怒りという感情がテニスボールをしっかりと握っていた。 「……おにい、ちゃ……」 子供達に、怪我をしていた人物に向けられたボール。 それをが走って右手で止めた。 怪我をしていた少年が、震えながら声を出す。 の声が、あまりにも恐かったというのもあるからだろう。 の声とは裏腹に、空いた左手が少年の頭を優しく撫でる。 優しく、落ち着かせるように。 「お兄ちゃん…」 「……どれだけテニスを馬鹿にしてるんだ、アンタらは」 少年の震えは止まった。 だが、はそのまま前の大人二人を睨みつけた。 声が、心の奥底から怒りと共に出る。 その場に立ちあがって、両手に力を込めて握る。 ボールが、軋む。 「テニスは、人を傷つけるための道具じゃないっ!!そんなことも忘れたのかっ!アンタらは!!」 心からの悲鳴にも似た怒声。 それは一瞬、全員の動きを止めた。 「アンタらだって、この子らのようにテニスが好きでやっていただろうにっ!!!」 許せない。 テニスで人を傷つけるだなんて。 彼らだって、昔は子供達のように遊んでいただろうに。 ただ、純粋にラケットとボールをあてるのが楽しかった。 いい音が響いてコート内に入るのが嬉しかった。 一緒に誰かと打ち合えることが幸せだった。 テニスが出来ることが、至福だっただけなのに。 「それを忘れて、アンタらが昔のアンタらを傷つけるのかっ!!」 それが許せない。 悔しくて、悲しい。 昔の自分達を殺しているから尚更。 「テニスは、アンタらにとって、そんなんじゃなかっただろうがぁぁっ!!」 何があったかは知らない。 どう歪んでしまったかなんて、読み取れない。 それでも。 「…お、にいちゃ……泣いてるの?」 テニスを、どうしてそんな風にするんだ。 楽しいスポーツであるはずのそれを。 どうして どうしてそう扱うんだ 大好きなテニスを 「………」 「……」 大人達は黙り込んだ。 怒りを含んで大きく叫んだに、言葉を失った。 泣いてはいない、だが、今にも泣きだしそうな声と顔でそこに立つ小さな高校生。 彼らに、届いたのだろうか。 の、声と言葉が。 「もう…こんなテニスするくらいなら…やめてください」 こんなテニス見たくない。 誰かが傷つくのも。 それを知りながら、つまらなさそうにテニスをする彼らも。 風だけが吹き抜けていく。 遠くから車の音だけが、響いていくだけ。 「………」 桃城の声が、小さく届く。 しかし、は答えずに彼らを見るだけ。 子供達を、庇うように佇むだけ。 大人二人が、立ちつくしてと子供達を見る。 表情をなくして。 どれだけその時間が経っただろう。 誰も動かず、誰も喋らずに。 その時間を破ったのは。 喧嘩を売った大人の二人だった。 ラケットを握りしめたまま、頭を、下げて。 「……悪かったな」 「すまなかった。…もう、ここには来ねぇよ」 もう、彼らの目に憎しみはない。 悲しみに、暮れていた。 子供達がの後ろからキョトンと目を瞬かす。 それを見て、尚更彼らが苦笑を零した。 「…あんがとな。忘れてたわ…お前らのときの、感情を」 「いつからこうなってたんだろな…俺達。…ハッガキ共に教えられちゃ、おしまいだな」 悲しそうに笑って、彼らは背中を向ける。 は動かずに、それを見つめる。 紫苑の瞳にはもう怒りではなく、違う感情を映していた。 彼らの背中が、あまりにも。 切なく見えたから。 「あ、あの、お兄さん達!!」 の後ろにいた子が、前に出た。 彼らのせいで怪我をしているにも関わらずに、声をかけて。 本来なら、止めるべきだろう。 だが、は止めなかった。 振り返る大人達をしっかりと見つめ、口を開く少年を。 「あの、またここに来てくれませんか!?今度は、テニスを教えてください!!」 もう震えていない。 そして、テニスを恐がっていない。 少年の背中が、頼もしく見える。 大人達が酷く驚いたまま、そのまま動かずにいる。 他の子供達が逆に、一緒に動き出した。 「そうだよ!今度はテニス教えてよ!」 「僕達、いつもここでテニスしてるから!!」 彼らを、勧誘し始めた。 一緒にやろうと。 むしろ、教えてくれ、と。 先程までテニスで傷つけていた彼らに、教えてくれと頼むこと。 それは、彼らにとって意味不明だろう。 「な、何言ってんだ!お前ら」 「この高校生達の方が強いだろうが、そっちに教えてもらえよ」 自分達ではなく、助けてくれた高校生がいるだろうに。 彼らの方が実力的にも強い。 そう言って、戸惑う二人に、子供達は喰らいついた。 「このお兄ちゃん達は強すぎんの!だってボール見えないんだもん!!」 「絶対教えてもらっても無理だよ!」 「だから、お兄さん達が教えてよ!!いいでしょ!?」 桃城も何も言わない。 コートの上に立って、その様子を見守る。 も子供達の後ろから何も言わない。 ただ。 怒りはもうどこにもなく、小さく。 小さく笑った。 「いや、だけど俺達は…」 それでも戸惑っている大人達を余所に、はラケットをバッグの中に仕舞い始めた。 桃城もそれを察して学ランを着始める。 それぞれ退散する用意をしていく。 「「「「お願いします、お兄さん達!!」」」」 「「あ…いや……」」 と桃城は、お互い見合わせて小さく笑い合った。 頷いて、階段を上っていく。 (もう大丈夫) 彼らは世代を超えて、一緒にテニスを楽しめる。 慌てふためく大人二人と、頭を下げる子供達を見つつ。 静かに、桃城とはその場を去った。 |