気付けば二人で



その道を歩いていた












「桃城先輩、すみませんでした。唐突なプレイに付き合わせてしまって」


「あー?気にすんじゃねーよ」



夕暮れが終わり、夜が包んでいく。
星空と明かりが輝く川沿いの道を、二人で歩いていく。
桃城はのペースに合わせて、自転車を押しながら。

改めての謝罪に、何ともなさそうに笑顔で返す。
きっとこの気さくな性格が後輩達に人気なんだろう。

そんなことを思いながら、のんびりとは隣を歩いていた。



「それに、おんもしれーモノが見れたしな」


「?何か面白かったですか」



それにしたって、やたら機嫌がいい。
面白いことがそんなにあったとも思えない。
ニヤリと笑う笑みに、は素直に首を傾げた。

その様子に彼の笑みは増す。
笑みだけじゃ留まらず、ニッヒヒと悪戯小僧のように笑い始めた。



「そりゃー、面白くて笑うぐらいな。例えば、どこぞの新入りがブチギレたとことか」


「っ!!」


「部活で見たときゃーただのテニス好きで大人しいヤツだと思ってたけど、大人相手にあんな啖呵切るしよ」



思いだせば、そうだった。
啖呵を切ってテニスをして、その後も啖呵を切ったのだ。
子供達にまた、ボールを当てようとしてたから理性の糸がプッツンと切れて。


(うああああ、やっちゃったぁぁ!勝手に出てきちゃったけど、俺かなり失礼なことを…しかもタメ語で…!)


思いだせば思いだすほど、真っ青になってく顔。
相手が悪いとはいえ、言いすぎてしまったのではないだろうか。
の心情を理解したのか、桃城はそのままケラケラと笑いだしてしまった。



「あっはははは!今更焦ってんのかよ!遅すぎだぜ」


「うぅっ……また何も考えずに突っ走っちゃった……やっぱ失礼なこと沢山言ってましたか!?」


「いんやー?中々なモンだったぜぇ?あの威勢はよ」


「はわわわ!やっぱりぃぃ!!」



桃城の言葉がますますの心を追い詰める。
もう真っ青を通り越して藍色に近いかもしれない。
頭を抱えて、あたふたし始める。
先程までの威勢はどこにもない。
それがまた桃城の笑いを増長させている。

はそれに気付かずに後ろをチラチラと振り返って謝りに行こうか悩み始めていた。
その様子に、ようやく桃城の笑いが収まる。



「…ま、俺はああいう方が好きだけどよ。アイツらにヘコヘコしてたら逆に俺が啖呵切るしかねーな。切るしかねーよ」


「うぅ…やっぱり謝りに行った方が…」


「聞けよ!」



桃城がフォローの言葉を出すが、は全く聞いてない。
一つのことに集中してしまい、他のことが目に入らない、耳にも入らない。
これがの短所だ。
未だに真っ青な顔でチラチラ後ろを見ている。
さすがの桃城も呆れの溜息を吐いた。



「ったく、さっきまではカッコ良かったのによぉ」



しかし、呆れというよりは苦笑だ。
威勢良く啖呵切ったときは感心したというのに、今のオドオド具合は全くそれを感じさせない。


、高校からの入学生。
背がかなり小さく、銀髪。
テニスの腕前は恐らく、レギュラー陣には及ばずともかなりのもの。
足元を正確に狙って放つ低いバウンド、直角に落ちるボールが技だと言っていた。
それよりも、プレイしてるときの楽しそうな笑顔が印象的なプレイヤー。

それだけだと、思ってたのだが。


(テニス好き、通り越してテニスバカか。俺達と同じような)


思ってた以上に、テニスが好きみたいだ。
キレた理由だって、大好きなテニスが人を傷つける道具になっていたから。

それと、一つに集中したら周りが見えない性質なのだろう。
キレたときも、後先構わず突っ走った。
今更になって焦っている姿と、自分のフォローの言葉を聞いていないことからそれは読み取れる。

そして。


(…こいつ、チキンだな)


あたふたして真っ青な顔してるのは、チキンの証拠だ。
これで他のメンバーだったら堂々としてるか、「ま、いっか」と諦めているだろうに。
今までにないタイプだ、とも思う。
似てるとしたら、山吹の一年、壇あたりだろうか。


(…ったく、ほんと、変なヤツだぜ)


これから面白くなりそうだ。
そんなことを思いながら、あたふたするを無視して歩く。



「あ、そういえばよ」


「はわわ…今度あそこに寄ったら第一に謝ろう。そうしよう。今はまだ勇気がない…」


「コラァ!いい加減聞け!」


「はわい!!」



気がついたことを話そうとしたら、未だトリップ中。
いい加減こちらに戻さなければ話も聞かない。
ペシリと頭を叩けば、ドモりながらこちらに意識を戻す。
それを見て溜息を吐いてから、桃城は気付いたことを口にした。



「お前、帰り道こっちで良かったのかよ?」


「え?」


「俺ん家こっちだけどよ」



はた、と気付かされる今の状況。
川沿いに来てるということは、家はとっくのとうに通り過ぎている。
だが、帰るためにここを歩いていたわけじゃない。

何か、用件があったような。
桃城が見つめる中、考えを巡りに巡らせ。
そして。



「…ハッ!忘れてた!スーパー特売!一人暮らしの味方ぁぁ!!(うああああああっ!!)」


「うぉあっ!?」



すっかり忘れていた買い物を、思い出した。
はその反動で大声で心から叫んだ。
傍に歩いていた桃城のことを忘れるほどに。

反射的に声をあげる桃城には気付かない。
携帯を開けば、晩御飯の時間をとうに過ぎた午後七時だ。



「あああ、特売が終わってる!!」


「と、特売ぃ?」



特売で叫ぶ高校生はどうなのだろう。
若干桃城が引いていく隣で、それに気付かないの顔はまた真っ青だ。

特売、というのは一人暮らしの味方。
仕送りでしか生きていけない高校生にとって、安い食糧は大切だ。
事実、の仕送りは存分にある、とは言えない。
だからこそ、特売に行こうとしていたのだが、今の時間では終わっている。



「はう…一人暮らしの味方が…」



だからこそガッカリする。
お財布の中を見ては、尚更沈む。


(家にあったのは送ってきてくれたお米と…インスタントラーメン…どうにかなるけど栄養がないなぁ)


今度は家にあるものを思い返す。
あるのは野菜などではなく、炭水化物とインスタント。
一日ぐらいなら何とかしのげるが、栄養バランスは偏る。

スポーツマンとしてはハッキリ言って微妙だ。
無意識に顔を顰めるを、桃城は目を瞬かせて覗き込んだ。



「…ってゆーか、お前、一人暮らしなのか?」


「あ、はい。俺だけ、こっちに来たんです」



初耳、とばかりに目を開かせる桃城。
はこちらへと意識を再び戻し、軽く頷いた。



「へぇー、苦労してんな」


「いえ、俺が望んだことですから」



彼の言葉に、はフルフルと首を振って否定した。
一人暮らしとはいえ、此方に来ることはの望みだ。
どちらかというと、両親に我儘を言ってここに来たようなもの。
文句を言える立場じゃない。

とにかく、特売もないと分かったところで帰らなければ。
は隣にいる人物に頭を下げて、川沿いの道からコースを外した。



「とりあえず桃城先輩、今日は本当にありがとうございました!特売がないんで、俺今日はこのまま帰ります」


「お、そうか。食べるモンちゃんとあるのか?」


「はい、大丈夫です。インスタントならありますから。じゃあ、失礼します」



今一度笑顔で頭を下げて、背中を向ける。
このままユーターンして川沿いを歩いて帰ってもいいのだが、何せ先程の事件もある。
あのテニスコートの前を通る勇気はまだどこにもない。
だからと言って迷う確率もあるため、その道から少し離れた道を歩いていこうと決める。

ランニングして帰ろうかな、と思ったときだった。



!!」


「?」



後ろから声をかけられた。
振り向けば、声を出したであろう桃城が立っている。
何かあったのだろうか。
首を傾げていると、彼は人の良い笑みを浮かべて大きく口を開いた。



「何かあったら相談しろよ!一人暮らしは大変だって聞くしよ!!」



聞こえた言葉に、は一瞬ポカンと口を開いた。
何を言っているのか、分からなかった。

ニッと笑う桃城の姿に、はクスリと笑いを零した。


(どこまでも、優しい先輩だ)


だからこそ、一年トリオが懐いているのだろう。
それがよく伺える。
あのダブルスにしても、理由を聞かずに一緒に試合をしてくれた。
何ともなさ気に、笑顔で。

そして今も。
一人暮らしの自分を、案じてくれている。
立派な先輩の、見本だ。


はそんな彼を見上げながら、笑顔で頷いた。



「…はいっ!ありがとうございます!じゃあ!」


「また明日な!!」



いい先輩がいて良かった。
軽く手を振る桃城を見てから、は帰り道を駆けだした。
お腹は減っているが、どうにか動ける。

ただでさえ、体力もないし技術も落ちているのだ。
少しでもトレーニングをしておいた方がいい。


夜の道を駆けていく。
桃城は小さくなっていく一年を、のんびりと見送ってから自転車に乗った。


(ほんとに礼儀正しいヤツだな。越前とは全く逆だぜ)


ペダルを踏んで、家路を急ぐ。
同じ一年である天才ルーキーと比べながら、小さく笑みを零す。
どちらかというと、自分の弟達に似ているのだが。

とにかく明日からの練習が楽しみだ。
からかって遊べそうな人物に、楽しみが増す。

そんな一日の終わり。












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