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初めての味は 大層苦いものでした 「…………」 「……、大丈夫か?」 「………大丈夫じゃ、ないです」 「チビチビ、顔が乾汁色だよ〜…ヤバイって。絶対威力倍増してるって!」 は戻ってきていたが、全員の前で未だ頭をもたげてグッタリしていた。 心配して背中を擦ってくれているのは大石。 顔を覗き込んで一緒に青ざめてくれているのは菊丸だ。 未だに酷い苦味が口の中を占めている。 ランニングではまだマシだった力が、今はまさに大丈夫じゃない。 今もまだ涙目だ。 「………うぅ…あの舌触りも苦味も…思いだすだけで気持ち悪いです……」 「舌触りも…?どんだけパワーアップしてるんだ…アレ」 の言葉に、全員が顔を青くし、彼らの言葉を代弁した桃城。 勿論、作った本人はニヤリと不気味な笑みを浮かべている。 ただし、ずっとそうしているわけにもいかない。 竜崎はコートに色のついたコーンを置いて、カゴの中のボールを取り出す。 「ホレ、いつまでそうしてるんだい!次やるよ!」 赤、黄色、青と信号の色を思い出させるコーン。 がポカンとしていると、全員が納得したように頷いた。 「あ、アレもしかして…ボールのラインに引かれた色を見抜いて、それと同じ色のコーンにあてるってヤツ?」 「え、ええええええ」 何だ、その凄い修行。 驚きの声を上げる横で、手塚がドサリと何かを置いた。 「そうだ。そして分かってると思うが、このパワーリストを両手足につけるように」 「ええええええ」 「今回は何キロなんすか」 「は初めてだから合計1kg。久しぶりだが、俺達は5kgからだ」 「ええええええええ」 持ってきたのは、青いパワーリスト。 中に重りを入れる仕組みになっているらしい。 海堂の問いに対する答えに、は更に声をあげた。 氷帝の練習も、酷い修羅場だったが青学もこれまでとは。 全員が軽く納得して次々とリストをつけてく中、の表情が固くなる。 「ちなみに、ミスをしたヤツは……分かってるな?」 「「「「「「「!!?」」」」」」」」 そして皆のトラウマ、特製野菜乾汁。 罰ゲームに全員の空気が一瞬にして変わる。 ピシリッとも完全に固まる。 なるほど、だからこそ青学も強くなるわけだ。 心の隅で納得する中、はブンブンと首を横に振って罰ゲームを涙目で否定した。 「もうあんなの飲みたくないぃぃっ!」 飲んだ本人の言葉に、全員が乾汁の味の予想がついたらしい。 涙目だし、何より緑色の顔なのだから説得力がある。 「そうだったら、ミスしないことだね。じゃあ気合入ったからいこうかね?」 「ウスッ!頑張ります!!」 まだ気持ち悪いが、やるしかない。 指名されて、はすぐさまパワーリストを両手足につけた。 動体視力、判断力、コントロールが要求されるそれは、力を要求されるわけではない。 だったら、自分にも出来るはず。 (それに、このパワーリストは後々に重みを感じる…それで判断力が鈍るって感じかな。…よし、集中だ集中!) それさえ分かれば、後はやり切るだけ。 何より、ミスをすればまたあの乾汁を飲まされる。 それだけは、絶対に避けたい。 「隣のコートでは英二だ。俺が球出ししてやろう」 「分かった!絶対飲まないかんね、乾!!」 隣では菊丸がやるらしい。 各々位置につき、ラケットを握る。 途端に、の顔に笑顔が戻った。 テニスの修行も、テニスのうち。 そう考えれば楽しみが増す。 「いくよ、!」 「はいっ!!」 飛んでくるボールを追いかけながら見極める。 色を見抜いて、コート上のコーンの色と位置も確認する。 は笑顔で、ラケットを思いきり振った。 「青っ!」 スコンッといい音が青のコーンを直撃する。 転がったそれは青いラインの引かれたボール。 先生はそれを見て、ニヤリと笑った。 「次!」 「赤っ!」 順調にあてていく。 隣のコートでも菊丸が絶好調のようで、次々とあてていた。 「黄色ぉっ!」 「英二、それ青じゃない?」 「もうその手にはのんないもんね!黄色!!」 しばらくしてから誘導も入る。 その様子を先生も確認している。 だからこそ、その手を使おうと口を開く。 「赤っ!」 「、それ青じゃないかい?」 勿論、投げたのは赤。 中学時代、菊丸が引っ掛かった手だ。 判断力が鈍るため、誘導も簡単に出来るようになる。 だが、の打った球はすんなりと赤いコーンを直撃した。 竜崎はそれからも色々とカマをかけてみるが、には一切通用しない。 まるで、聞こえていないようだ。 「…にぎゃあああああぁぁぁぁっ!!!!」 次の瞬間、隣のコートから悲鳴が聞こえた。 レギュラーメンバーはずっと見ていたため、分かる。 判断力が一瞬鈍り、ボールを空振りしてしまったのだ。 水飲み場へとダッシュをする菊丸の背中が見える。 「…あれ、本気でヤバイっすね」 「ああ、英二の悲鳴がパワーアップしてるな…」 越前の言葉に大石が頷く。 二人とも勿論、苦い顔だ。 「青っ!」 次に越前が呼ばれてコートへと入っていく。 そんな中、の練習は滞りなく続けられていた。 中学時代は、あの悲鳴を聞いてそちらに気を取られて失敗したのが越前。 初めてなのだし、彼のような失敗をしてもいいようなものだが。 そんな気配は、さらさらない。 「フフッ、凄い集中力だね」 「ああ。他のモノを完全に遮断している」 ある意味不思議に思えるが、不二や手塚はしっかりと見極めていた。 笑顔のままボールを追いかけ、確実に返す技術。 それ以上に、一つのことに対して集中しているため他のものを遮断している。 だからこそ、先生の誘導も隣のコートの声も聞こえていない。 ボールの色とコーンの色と位置、あとはどう打てば当たるか、に集中している。 二人の言葉に、大石は驚きながらもを見て、感心の言葉を零した。 「凄いな。しかも確実にパワーリストのことも計算して動いてる」 「ヒュー、やるじゃねーかのヤツ」 「……ケッ」 一つのことで精一杯になるとき、他のモノは完全に遮断する。 これは会話や他のことに対してよくあるコレはの短所だ。 だが、今はある意味役立っている。 何かに気を取られることなく、今やるべきことに集中しているためだ。 「赤っ!」 スコン、といい音が青空の下に響く。 転がった赤のラインの入ったボールは同じ色のコーンの辺りをコロコロと転がっていく。 竜崎先生はもう動かない。 笑顔のまま、両手を軽くあげた。 「これで終わりだよ。、合格!!」 先生の身体の動きに気付くのに、はしばらく時間がかかった。 次のボールは?と数十秒待っていたのだ。 それでも両手を上げて、ボールが来る気配がない。 疑問に思ったところで、ポンと軽く肩を叩かれた。 いきなりのことに、「ふわっ」という小さな悲鳴と共にの背筋がピンと張る。 「お疲れさん。終わったよ」 「ふえ、は、え?」 肩を叩いた人物は不二。 それを認識した途端、広がっていく世界。 見えなかったもの、聞こえなかったものが全部頭の中に入ってくる。 キョロキョロと辺りを見回せば、一年生が球拾いをしている姿が見える。 そして先生は次の人の分のカゴを持ってきていた。 「…ぬあああああぁぁぁぁっ!」 「っ!?え、越前!?」 そして隣のコートから越前の悲鳴。 バッとそちらを見やると、空っぽになったコップと小さくなっていく背中が見える。 悪代官のように笑う、乾も。 ちなみに、先輩達が待ってる場所では菊丸が盛大に倒れていた。 何があったかは、予想すれば分かること。 つられて青い顔をするに、不二はニッコリと笑いかけた。 「はノーミスで終了。次は僕の番なんだ」 「あ、そ、そうなんですか!?邪魔してすみません!」 「フフッいいよ。それだけ集中してたんだから」 今更ながら、自分が邪魔になっていたことに気付いて、はペコペコと頭を下げた。 その頭を不二は軽くポンポンと優しく叩く。 は安堵の息を零し、もう一度頭を下げてから皆の待つ場所へと戻った。 乾のいるコートでは、次が部長の手塚らしい。 擦れ違う彼にも頭を下げてから、倒れている菊丸を覗き込む。 「………大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃなわけないにゃー…」 「ですよね」 緑色の顔に涙目。 先程のと同じ症状だ。 良かった、二度目がなくて。 心の底からそう思って、その隣に座り込む。 もう片方の隣には、桃城がいた。 「にしてもお前、凄い集中力だったな〜。バァさんの誘導にも全然応じなかったし、英二先輩が叫んだことも気付いてなかったろ」 「あはは…そりゃ集中しますよ。何が嬉しくて二度もあのジュース飲まなくちゃいけないんですか」 「そりゃそうだ」 集中したのは、そのせいもある。 の言葉に、桃城は力強く納得した。 大石も、遠くから苦笑を零す。 前のコートでは未だにミスがない二人がいる。 はそれをじぃっと見ながらも、隣の菊丸を大石と共に気遣っていた。 「あーもう、あんなにパワーアップしてるとは思ってなかった〜…まだ気持ち悪い」 「大丈夫か英二。…本当に酷かったみたいだな…といい、英二といい、顔が緑色になるんだから…」 「いや、本当に覚悟しておいた方がいいと思います。思いだすだけでも気持ち悪いですから」 「うああ、絶対飲みたくねー」 経験者は語る。 未経験者は話を聞いて震える。 ちなみに海堂は余計な話を聞きたくないのか、耳を塞いでいる。 勿論、昔経験していたのだから予想はつくため、顔は若干青白くなっているが。 そうこうしている間に、越前が戻ってくる。 彼も菊丸と同じ顔をしていた。 「…越前」 「……………うぇっ」 足はフラフラ。 此方に着いた途端、菊丸との間で蹲ってしまった。 口元を押さえているあたり、まだ吐き気があるのだろう。 は何も言わず、ただただ背中を擦った。 「次、海堂!」 「は、はい!」 「こっちは桃城だ」 「う、ウィッス!」 手塚と不二が終わり、二年組が出ていく。 戻ってきた二人は全くダメージを受けていないようだ。 最後の方は越前を見ていたため、はコートを見ていなかった。 お疲れ様です、と声をあげ、二人を迎える。 「お二人共、ノーミスだったんですか?」 「俺はそうだが」 手塚が無表情にしらっと答える。 さすが部長、と言ったところだろうか。 は1kg、彼らは5kgの重りをつけているのだ。 体力的にも精神的にもよりも疲労は激しいはず。 それなのにノーミスとは素晴らしい。 は「おおー」と素直に感動して拍手をする。 すると、不二はクスッと笑った。 「さすが手塚だね。僕はミスしたけど」 「え?」 彼の言葉に、の動きがピタリと止まる。 そして、マジマジと笑顔を見つめた。 ミスをした、ということは飲んだ、ということ。 それなのに笑顔だ。 全くもって、平然としている。 ノーダメージに見える。 「いやぁ、また美味しくなってたね乾の特製野菜汁」 「…え」 「舌触りも最高だったよ」 「え、ええええええ」 笑顔がキラキラと眩しい。 全くもって信じられない言葉に、の顔が思いきり歪む。 手塚と大石もコメカミから汗を流す位だ。 遠くで二名の悲鳴が聞こえる。 少ししてから、残っていた副部長と乾の悲鳴も響く。 (制作者も倒れるほどなのに…不二先輩は最強だ…いろんな意味で) これから、部活では不二にとって天国、他の部員にとっては地獄の乾汁部になっていく。 それを察しながら、は軽く涙を零すしかなかった。 勿論、体力も持久力も筋力もないは、ほぼ毎日飲むことになる。 「今回は野菜だけではない、乾特製スーパーリミックスグレイト汁だ」 「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!」 |