仮レギュラーとなってからは



色々と忙しい












「チビチビ〜速くバテた方が身のためだよ〜」


「お陰さまで、少しは体力持久力つきましたので、バテませんよ!っていうか、あの飲み物を一日に複数回飲んでたら死にます!」


「フシュー…、バテたら承知しねぇぞ」


「菊丸先輩、跳びすぎっス」



ボールを打ち合う音が響き渡る。
今はダブルスの練習試合の最中。
どうやら、他のダブルスペアが出来ないか画策しているらしい。

今は・海堂ペアと菊丸・越前ペアとの試合。
他のレギュラー陣はその様子をじっと見つめていた。



「あー!越前〜、それ俺のボール!」


「菊丸先輩が邪魔なんスよ」



一方はダブルスに慣れている菊丸とほとんどシングルスをしている越前。
特に越前が唯我独尊的なプレーをしているため、お互いの波長が合っていない。
菊丸もゲームメイクは多少出来るものの、完全に越前を押さえていられないらしい。
ダブルスとしては、あまりにも出来ていなかった。



「海堂先輩!」


「ああっ!」



もう一方は、まだまともなダブルスが出来ていた。
ベースラインを行き来する海堂は飛んできたボールをブーメランスネイクで打ち返した。
バッチリとコートの中に入り、ポイントが入ってくる。
それを聞いて、はピョンピョン跳ねて振り返った。



「やたっ!また入りましたっ!」


「っし!」



パンっと思いきりハイタッチをする。
海堂の顔はいつもと同じ恐い顔だが、俄かに達成感が伺える。
会った当初は「恐っ」と思ってただが、今は違う。
今は心強い、パートナーだ。

ちなみには本来シングルスでオールラウンダーをやっているのだが、今は菊丸のポジションと同じ、ポーチへと出てきている。
後ろは海堂がいるためだ。
自動的に前へと出て、ボールに対して瞬発力で喰いつく。



「ああ〜!もうあっちマッチポイントじゃん!」


「だから言ったじゃないスか。センター割って、そっちに入ってきたボールを…」


「だからそれはダブルスって言わないの〜!」



相手はお互いにギャンギャンと言い合っていて、話にならない。
とはいえ、越前のプレーが二人の隙をしっかりと見つけて技を繰り出したり、菊丸がアクロバティックで翻弄していたのは確か。
そのため、2ゲームは取られているのだ。

油断は禁物。
それを、も海堂も分かっていた。


海堂のサーブで、ボールが相手コートに入り込む。



「にゃろう!」



喰いつくのは越前。
的はだ。
体力も持久力もないため、弱らせようとしている。

しかし、も負けてはいない。
いつもと同じ、キラキラとした笑顔でボールに喰いついていく。



「はいっ」


「甘いにゃ!」



返せば、目の前にいる菊丸が同じようにボールに喰いつき、後ろのセンターへと飛ばす。
海堂のブーメランは右か左に寄ってなくては出来ない。
普通に返せば、菊丸がまた飛び出してきた。



「今度はこっち!」


「うらぁっ!」



ボールの方向は前方、そしてのいる場所とは逆方向。
しかし、それを読んでいた海堂がフォローに出て菊丸とは逆の前方に返す。

あっちにしてみればチャンスボールだ。
ガラ空きになる後方を狙い、越前が前へと出てくる。



「これでどうだっ!」


「あ、馬鹿、おチビ!」



菊丸の声は遅かった。
最早ボールを打ち返した後。
越前の瞳が、見開かれる。

誰もいなかったそこに、前方から後方へとカバーしに、が戻っていた。



「いきます、90(ナインティ)−ディグリーアングル!!」



少し高めの球にジャンプして、スマッシュで打ち返す。
得意の所謂「膝カックン」だ。
一年トリオが格好良い名前がいい、ということで和英辞書で調べて、名づけてくれたスマッシュ。
直角は90度だから、と「90-degree angle」を参考にしたという。
ちなみに「right angle」は右っぽいという理由で却下されたらしい。

それは遥か後方へと飛び、ラインギリギリで直角に落ちた。

小さくそれはバウンドし、コロコロと転がっていく。
「「あ」」と、菊丸と越前が顔を顰めた後、審判をしてくれた大石がコールした。



「ゲームセット!ウォンバイ、・海堂ペア!6−2!!」



見ていた部員からワッと声が上がる。
同時にもその場で跳び上がり、海堂が見えないところで小さくガッツポーズをする。



「やりましたね、海堂先輩!」


「……」



テニスをするときも笑顔だが、勝てば尚更嬉しいもの。
は海堂に駆け寄ってピョコピョコと跳ねた。
お互い汗がダクダクだ。
海堂は身長の低いをギロリと見下げた後。



「やれば出来るじゃねーか」



ボンと、銀色の頭に大きな手を置いた。
軽くではないところが彼らしい。
まさかそう来るとは思ってなかったの頭が反動で少し凹んだが、それ以上に紫苑の瞳は驚きで見開かれていた。

しかし、彼はそのまま何も言わずに手を放して去っていく。
は少ししてから、また彼に走り寄った。



「ありがとうございます、海堂先輩!」



彼に褒められたのは初めてだ。
触られたのも初めてだ。

どこか認められた気がする。


また見上げて、笑顔でお礼を述べる。
海堂はそれをまた見下げた後、「フン」とそっぽを向いてしまった。
それでも嬉しいことには変わりない。
笑顔で先輩達のいるコートへと戻っていく。

一方。



「あーもー!アレも俺のアクロバティックで取れたのにぃぃ!」


「…すんませんでしたー」


「こらおチビ〜!反省の色が篭ってないー!」


「そうは言うっすけど、アレは俺の…」



こっちのペアは言い合いが続いていた。
ブーブーとブーイングする菊丸に、冷静に言い返す越前。
ある意味、あの二人だったから勝てたと言ってもいいかもしれない。



「こらこら二人とも!反省はコートから離れてからしろ!」


「だって大石〜、おチビが〜」


「英二にも反省点はあっただろ!それに越前にもな」


「………」



いい加減止まらなくなってきた言い合いに、大石が割って入る。
二人とも唇を尖らせているあたり、拗ねた子供のようだ。
自分のドリンクを飲みながら、その様子を見やる。
そして彼らの後ろから忍び寄る影に、は顔を苦くしながら顔を逸らした。



「いらっしゃいませ〜喜んで〜」


「「っ!!」」



赤い色をしたドリンクを持つ人物がゆらりと揺れる。
顔は恐ろしいぐらい、笑顔だ。
全員がそれに顔を青くする。



「にゃあああああああああっ!!」


「うがぁあぁっ!!」



次の瞬間、悲鳴が響き渡り。
二人はその場に倒れた。



「…、どうだったんだアレ」


「…あまりの辛さにもう動くことすら出来ませんでした、今日のペナル茶(ティー)」



顔を青くする海堂に、は遠くを見て過去を思い返した。
今日のランニングでもビリだったために飲まされた今日の乾汁。
ペナル茶と呼ばれたそれはあまりに赤く、辛かった。
号泣する位に。

未だに舌の味覚が麻痺していてドリンクの味も分からないし、ヒリヒリする。
身体の中は未だ脂肪か何かを燃やしているようだ。
熱くてしょうがない。



「しかも昨日より格段にアップしてます、辛さ」


「そうか…」



しかもの場合はほぼ毎日、飲まされているようなもの。
味の濃さが分かるほどだ。
もう泣いてしまいたい。

海堂ももう、何も言いはしなかった。
倒れる人物を見れば飲まなくて良かったと心から思わざるを得ない。



!この二人を看ててくれ!海堂!審判を頼む!!」


「あ、はい!」


「ウッス」



倒れた二人を見て顔を青くしながら、大石が呼ぶ。
どうやら次の試合は大石と乾が組むらしい。
相手は不二・桃城ペア。
それを確認しながら二人はすぐに返事をして動く。

は、というと倒れた二人をずりずりと引きずりながらコートの外へと移動した。
コップに、水を用意して。



「はい、二人とも。水ですよー」


「「…………」」



先程のの症状と同じ。
顔を真っ赤にして、気絶している。
下手すれば、目がグルグルとナルトのように回ってみえる。

が倒れたときは、面倒見のいい桃城と大石が無理やり水を飲ませたらしい。
ならば。



「はい菊丸先輩、水ー」


「……んむー」



無理やり口をこじ開けて、そこにコップの縁を突っ込んで水を流す。
最初は飲めずに口から零れるだけ。
だが、そうすることで口の中の辛みが取れていくはずだ。

根気よく続けているうちに、零れる水が少なくなった。
そして薄らと目を開ける。
途端。



「ングングングングッ!!」



自主的にコップを取って水を飲み始めた。
ここまで来れば大丈夫。
次は越前に同じように水を含ませた。



「水まだありますから、思いきり飲んでくださいね」


「ング!ングング!」



まだ話せるようにはなっていないようで、飲みながら必死に頷く菊丸。
自分もこうだったのだと思うと、何だか微妙な気持ちになる。
菊丸を見つつも、越前の口へと水を流すことは忘れない。



「……う……」


「あ、越前も気付いた?」


「……っ!ングングングッ!!」



しばらくして越前も気付いて、水を自主的に飲み始める。
はそこに安堵の息を零してから、フェンスの中をちらりと覗いた。
このダブルスの敗者もあの飲み物を飲まなくてはいけないのだから、気になるのだ。

今はまだ五分五分。
特に桃城と大石が必死に見える。



「…プハァッ…うえぇぇ、辛いよぅ」


「…はぁっ……ケホッゲホッ」



視線を戻せば、あの辛さの一段落を乗り越えた二人が息を切らせていた。
2Lあったペットボトルがほとんど空。
それでもまだ辛いのは、あの飲み物がそれだけ辛かったということだ。
はしゃがんで、苦笑を零した。



「俺まだ、舌痺れてたり影響残ってるんで…部活終わりまでは辛み取れませんよ。多分」


「マジで!?あ〜もう嫌だ〜…辛いぃ…」


「…つか、影響残ってるのにアンタ平気な顔してるけど。俺達のより薄かったんじゃない?」


「あー…辛すぎて、味覚わかんなくなってるだけ」


「「………」」



二日連続だったら、こうもなります。
の衝撃の言葉に、二人は言葉を失った。

しかし、は全く気にしていない。
喋れるようになればもう大丈夫、と確認するぐらいだ。
二人のコップに、水を注ぎながら。






「あ、先生」



二人を看ていると、ダブルスの試合を見ていた先生がやってきた。
真っ赤な顔をしてグッタリしている二人をも見て、若干顔を顰める。
しかしそれは一瞬だ。



「手塚を呼んできてくれるかい?校舎の裏で自主練をしてるハズだからさ」


「あ、はい、分かりました」



どうやら一人で自主練習に行った手塚に用があるらしい。
校舎裏はすぐそこだが、先生はダブルスを見ていなければならない。
他の先輩や一年生も手一杯のようだ。



「じゃあ菊丸先輩、越前。ゆっくり休んでくださいね」



先生と二人にペコリと頭を下げてから、校舎裏へと走っていく。
三人はその小さな後ろ背中をのんびりと見送っていた。



「…ったく。アンタ達はだらしないねぇ」


「「…………」」



そこからしばらく、説教が続くことは明らか。
二人は目を合わせて、下を向いた。








「…校舎裏ってここかな?」



テニスボールがバウンドする音が響く。
誰かがいることは確かだ。
はヒョッコリと顔を出した。

紫苑の瞳には、汗をかきながらずっと壁打ちをしている手塚の姿が映る。
そして、同じ位置へとずっとあてているための、ボールの跡も。



「何の用だ」


「ひゃいっ」



気付かないだろう、と思っていたらしっかりと気付いていたらしい。
ボールを打ち続けながら話す姿はさすがだ。
しかし、そう来るとは思ってなかったは驚きの声をあげる。
少し恥ずかしいながらも、口をもごもごと開く。



「あ、あの、竜崎先生が呼んでます」


「そうか」



用件を言えば、すぐに止まる壁打ち。
壁からバウンドして戻ってきたボールが、静かに手塚の右手の中に入っていく。

慣れているなぁ、と思いながらも彼が此方に来るのを待つ。
手塚もそれを知っていて、ゆっくりと歩き出した。
そして、一緒に歩き出す。



「そうだ、レギュラージャージが届いてるという連絡があった。出来るだけ早く取りにいけ」


「あ、はい」



そういえばレギュラージャージを頼んだままだった。
手塚の言葉に思いだして、頭の中に入れる。

あとは無言のまま。
ただひたすら歩くのみ。

しかし、は特に気にしない。
口数が少ない、というのは何となく察していたことだ。
空気が重くなっていたのならまだしも、今はそんなこと感じられない。






「はい?」



歩きながら、隣にいる手塚を見上げる。
すると、彼も瞳をへと向けた。



「新しい生活には、慣れたか?」


「へ?あ。はい」


「そうか」



何の質問だろうか。
意図がよく分からずに、質問の答えとして頷く。
すると彼は未だ隣を歩くを見ながら、口を開いた。



「何かあったら言うといい。お前の特殊な環境を含めて、相談に乗るぐらいは出来る」



いつもと変わらない無表情。
しかし、その言葉は凄く優しいもの。

は目を大きく見開かせて、手塚を凝視した。


(心配、してくれてるんだ…)


直接は言ってないが、言っているようなもの。
相談に乗ってくれるとは、そういうことだ。
の特殊な環境を知っているからこそ。

部長だから、というのもあるだろう。
だが。



「…はいっ、ありがとうございます!」



凄く、嬉しいことだ。

は満面の笑顔で返す。
それを見て、手塚は前へと視線を戻した。
彼からしてみては、何ともない一言だったかもしれない。
しかし、からしてみれば、嬉しいこと。

テニスコートに差し掛かる。
は笑顔のまま、話しかけていた。



「えーと、じゃあお言葉に甘えて…あの乾汁どうにかなりませんかね」


「無理だ」


「部長権限でも無理ですか、やっぱり」



一応相談として言ってみたが、さすがに乾汁はどうにもならないらしい。
真剣な顔でキッパリと言われてはどうしようもない。
苦笑を零していると、先生の姿が見えてきた。

手塚は何事もなかったかのように、先生の前でペコリと頭を下げた。



「先生、遅くなりました」


「ん、待っとったよ。、御苦労さん」


「いいえ」



労いの言葉に、は笑顔で横に振る。
むしろ、手塚から貰った言葉が嬉しかったため苦労をした気がしない。
先生は「元気だねぇ」と声をかけ、じゃあと指をコート外のある部分へと向けた。



「じゃ、アレを見て分かると思うが、また試合だよ」


「…ああ……今度は桃城先輩だったんですね……(不二先輩にはまた効かなかったんだ…)」



指が向けられた場所には、グッタリとしている桃城がいる。
菊丸や越前がやってくれるかと思いきや、試合に呼び出されたらしい。
恐らく、先程とメンバーチェンジになるのだろう。

傍では不二が笑顔で手を振ってくれている
ちなみに大石が懸命に水を飲ませていた。



「今度は越前とペアだ。一年同士、頑張っといで」


「はい!」



審判の位置に乾の姿がある。
手元にしっかりと、データを取るノート完備で。

はそれを見ながら、己の紫のラケットを持ってコートへと走っていく。



「お待たせしました〜!」


「遅ぇ」


「待ちくたびれたよ、チビチビ〜」


「遅い」


「ごめんなさい〜」



再び始まる試合。
仮とはいえ、レギュラーになれば休む暇もない。

はまた、笑顔でテニスをするだけだった。














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