お風呂の時間を


ごゆっくり












「…………」


「……」


「…………」



緊張した空気が広がる。
誰かが動くと、それだけで震える。
しかし、動かなければいけない。

グラリと傾く塔。
次の瞬間。



ガッシャーン



「うあああああああ落ちたぁぁぁぁ!!!」


「にゃははははははっおチビチビ弱〜!!」


「ギャハハハハっ!何連続だよ!」



儚く崩れてしまった穴だらけの塔はただのブロックに。
そして崩した張本人であるは叫び声をあげた。
一緒に遊んでいた菊丸と桃城は大爆笑。
そして大石も小さく笑った。



「ハハッはジェンガ弱いんだな」



そう、お風呂からあがったレギュラー陣のうち、その三人ととで、大石達の部屋でジェンガをやっていたのだ。
菊丸が堀尾達をお風呂に呼ぶと同時に、の手を引っ張って部屋に連れ込み、無理矢理ジェンガ大会が開かれたのである。
(桃城は元からやる気だったが、大石は巻き込まれた)

涙を流しながら大爆笑する二人に対し、負けっぱなしのは笑いながら悔しがった。



「くそぅ〜っ!いっつも菊丸先輩がギリギリのブロック取るからっ!!」


「へへ〜んだ!それぐらいひょひょいとこなさなきゃジェンガは極められないぞ〜おチビチビ!」


「そ〜そ〜。それぐらいこなさなきゃ男じゃねーな、男じゃねーよ」


「だったら今度順番変えましょう!菊丸先輩の恐ろしさ、桃城先輩が分かってないだけですから!!」



ちなみにが負け続けているのは順番として彼女の前に菊丸がいるから。
子供らしい彼だからこそ、挑戦的に危ないブロックばかり取る。
しかし彼は動体視力か何かで察知し、危険だが自分にとっては安全なものを取るのだ。
そして被害はに回ってくる、という寸法。
分かってない桃城に文句を言う。
それに菊丸もノっかった。



「お、そうする〜桃?」


「お、いいっすよ!後で泣いても知らねーぞー?


「ハッ!?ま、まさか桃城先輩も菊丸先輩のようなブロックの取り方を…っ」


「ハッハッハッ、次に沈むのはまたお前だ〜」


「ま、その前に桃を潰すけどねー」


「こりゃ大変だな、桃」



全員で笑いながら席を交換する。
そしてまたジェンガの塔を組み立て始めた。

こんなにギャーギャー騒いでいるのは、この部屋だけだろう。
他のメンバーはどちらかというと静かだから。


早速ジェンガを始めるメンバー。
一つを抜く度にヒヤヒヤしつつ、一つを置く度に安堵する。
ハラハラドキドキのゲームで盛り上がらないわけがない。
ある意味、この盛り上がりは異常だ。
しかし、これはタイミングも大事。

つまりは。



〜!!あがったぜ〜!!」


「うぉあああああっ!!」



そう、誰かの大声でバランスを崩すことがある。
ドアが思いきり開かれて出てきたのは堀尾。
大声を上げたのも堀尾。
そしてそれが原因でジェンガの塔は綺麗に崩れた。
ガシャーンという無情な音に泣いたのは。



「堀尾〜!!お前入るならノックとかしろよ!」


「も、桃ちゃん先輩?どしたんスかそんな声あげて怖い顔して」


「にゃははははは!!!桃の負け〜!!」


「あははははっ!!ほら〜!やっぱり菊丸先輩の後は大変なんですよ!!」


「ハハッ本当だ!」


「ほ〜り〜おぉぉぉ!!!」


「桃ちゃん先輩、ストップ!すと、ぎゃあああああああ!!!」



菊丸の後になってしまった、桃城だった。
彼の怒りが堀尾に向くのは当たり前。
皆が笑う中、桃城のゲンコツグリグリが、原因となった少年の頭にめりこまれていく。
悲鳴と笑い声が奇妙なハーモニーを作った。

騒がしい空間は、何とも心地良い。
ようやく治まったところで、部屋の入り口で笑っていたカチローとカツオが声を出した。



「あ、そうそう君。お風呂良いよ」


「あ、ほんと?」


「うん、僕らそれを言うためにここに来たんだ」



そうそう、それが目的だった。
と、いじられながらも堀尾が頷く。
彼らの次に入るのが、そして最後に入るのがとなっている。
はなるほど、と声をあげた。



「そっか、ありがと!!じゃあ俺、お風呂に行ってきます!」



呼ばれては行かなくては。
例えジェンガが出来なくなっても、だ。
が出た後は、彼ら三人がその穴を埋めてくれるだろう。

シュタッと立ちあがるに、その部屋の全員が手を振った。



「ああ、ゆっくり浸かってくるといいよ」


「おおー行ってこい行ってこい!」


「おチビチビ、いってら〜!終わったらこの部屋で枕投げするかんね!」


「はーい」



枕投げは楽しみだ。
そんなことを思いながら、促されるままに部屋を後にした。

楽しみにしていたお風呂が待っている。
それが嬉しくて、足取りも軽くなる。
とりあえず自分の部屋に着替えを取りに戻る。
扉を開くと、ベッドの上でのんびりと寛ぐ越前が見えた。



「越前、ジェンガ混ざらなくていいの?すっごい盛り上がってるよ?」


「いい。だってあの人達五月蠅いじゃん。アンタの声もここまで聞こえてきてたし」


「だって楽しかったんだよ!アドバイスとして、菊丸先輩には用心した方がいいよ、越前。マジで!かなり強いから!」


「あっそ」



真剣にジェンガについて語るが、越前にとってはどうでもいい話。
軽くの話を流して、そこらの雑誌を寝転びながら読む。


(まぁ、一人の時間も大切だけどさ…)


これもまぁ、いつものこと。
いつも桃城や菊丸に振りまわされているのだから、一人の時間は貴重なのだろう。
特に、この合宿では。
それを知りながらも、構ってくれないことには少し口を尖らせて拗ねながら、自分の着替えを手に取った。



「じゃ、俺風呂に行ってくんね。あとで枕投げやるらしいけど、越前来る?」


「行くわけないでしょ」


「ちぇー。面白そうなのに。じゃ、とにかく風呂行ってきまーす」



結局、彼は一緒に遊ばないようだ。
まぁ、無理に桃城か菊丸が連れていくかもしれないが。

少し残念に思いながら、はさっさと部屋を後にした。
今騒いでいるメンバー以外は今頃のんびりしてるんだろうか。
海堂はトレーニングをしていそうだし、乾はまたデータを集めていそうだ。
などなど、考えながら廊下を歩く。
ちなみにが迷わないように立札があちこちかかっている。
それに従って、は進んでいた。



「ふんふふんふんふーん……ふ?」



鼻歌を歌いながら進んでいると、お風呂の脱衣所前の廊下に椅子があった。
そしてそこに座っているのは、知っている人物。
彼はのんびりと足を組んで、雑誌を読んでいた。



「…部長?」


「来たか、



そう、そこにいたのは手塚だった。
お風呂上がりのせいか、どこか色っぽい。
を見つけた彼は、すっくと立ち上がった。
それを見て、も駆け寄る。



「どうしたんですか?こんな廊下で…」



しかも、椅子まで引っ張り出して。
一体何事ですかと首を傾げて、部長を見上げる。
彼はいつもと同じ表情で口を開いた。



「お前がお風呂に入っている間の見張り役だ」


「ふぇ!?」



見張りとは一体何だ。
何の話だ。
驚くに、手塚は脱衣所のドアを開けた。



「ないとは思うが、覗かれないよう、念のために俺が廊下で見張ることになった」


「ふ、ふぇぇぇぇ!!?そそそ、そんなのいらないですよ!大丈夫ですよ!!」



まさかの発言に、は心底から驚いた。
一人が風呂に入るだけで、見張りがどうとか、大袈裟すぎる。
大慌てで否定するも、手塚は冷静に返した。



「着替えも別々にしてるくらいだ。見られたくない傷なのだろう?」


「ふぇ、あ、まぁ、そう、ですけども(設定的にはそうだけど…!)」


「間違って見られては困るだろう、そのための見張りだ。先生とも合意の上だしな」



先生の合意。
そして傷ではない、『女』としてのリスク。
それを背負った、この青学男子テニス部。
いや、正しくはこのリスクを背負ったのは、先生と部長だ。

だからこそ、彼らには責任がある。
そしてその責任を背負わせたのは、だ。


(………迷惑、かけっぱなしだな……)


見られて困るのは、彼らも同じ。
だからこその見張りという役を部長にさせようとしている自分がいる。
例え、そこにの気持ちがなかったとしても、結果として。

申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そしてこれから日を共に過ごすことで、もっと沢山そういうことがあるだろう。


それでも、テニスは捨てられない。
自分の我侭だけれど、何があっても。


思いを巡らせて、百面相をする。
のその様子をじっと見ていた手塚は、一つ溜息を吐いた。
そして、ポン、と銀色の頭に大きな手を置いた。



「…?部長?」


「俺に気を遣わなくていい。ゆっくり入って来い」



温かい、大きな手。
見上げてみるも、いつもと同じ表情と声。
それでもどこか瞳が優しげなのは気のせいだろうか。

いや、きっと気のせいではない。
手の体温が、優しさを表しているのだから。



「…部長〜」



言葉の中に、沢山の言葉が隠れている。
はそれを感じたからこそ、情けない顔になった。
嬉しくて、申し訳なくて、泣きそうな顔に。
手塚はそれを見て顔を顰めながら、溜息を吐いた。



「情けない顔をするな。男だろう」


「…ふぇい…」



男ではないが、どちらにしろ、本当に情けない顔だったのだろう。
は出そうになった涙をこらえて、顔をあげた。

気持ちは風呂、と決まった。
それを見て、手塚も彼女の背中を押した。
脱衣所へと。



「いい湯だった。ゆっくり入って疲れを癒して来い」


「あ、でも部長をここであまり待たせるわけにはいかないんで……マッハで入ってきます!マッハで!!」


「気を遣うなと言っただろう」


「でも俺、のんびり入ってたら一時間余裕ですよ!!」


「………俺も人のことを言えないが、せめて一時間以内で頼む」


「わかりました!!」



さすがに一時間以上廊下で一人、本を読んでるのはいただけない。
手塚の言葉に、は心底嬉しそうに笑った。

脱衣所を閉め、はお風呂へと向かっていく。
手塚は廊下にある椅子にまた、のんびりと腰かけた。
そこから一時間、動かずにいたのだが特に人と会うわけでもなく(時折先生が見に来るぐらい)。
平和なお風呂の時間は過ぎていくのだった。