お泊りの醍醐味


枕投げ








「手塚部長!お待たせしました!!」


「ああ」



お風呂から上がり、待ってくれていた手塚と合流する。
そして二人で部屋へと戻り始めた。



「お風呂最高でした!!っていうか何ですかアレ!ヴィーナスさんが瓶からお湯流してましたよ!!」


「ああ、あれは俺も驚いた。全体的に西洋を意識した造りだったな」


「それなのに檜風呂なんですよね!!良い匂いでした〜。あ、あと岩風呂もありましたよね!!なんか西洋と日本のがごちゃごちゃでしたけど、楽しかったです!!っていうか、別荘ってだけでお風呂が二種類もあるのが驚きでした!」


「ああ。まるでホテルにいる気分だっただろう」


「はい!!」



と、お風呂の話で盛り上がった。
というのも、会話にあったように、凄く広いお風呂だったのだ。
一つはギリシャのような西洋的な造りなのに檜風呂、そしてその隣に日本の岩風呂。
そして良い景色がガラス張りで見えるようになっていた。

これが別荘か。
別荘のお風呂の定義とはこれだっただろうか。
そうツッコミをしつつ、温泉というのもあって心地よく浸かったのだった。

そんな話をしつつ、は自分の部屋の前にたどり着いた。



「あ、ここだ。手塚部長、ありがとうございました!」


「ああ。ゆっくり休め」


「はい!おやすみなさい!!」



お礼と挨拶をして、手塚と別れる。
はとりあえず、部屋へと戻って着替えを鞄に詰め込んだ。
そこまでやっといて、部屋を見回して気づく。



「…あれ?越前がいない」



一時間前、この真ん中のベッドで寝転がっていた少年がいない。
読んでいた雑誌はページが開かれたまま、彼の代わりに寝転がっていた。
そして少し、暴れた後がある。

ということは。



「…桃城先輩かな」



大石の部屋で(強制的に)行われる枕投げに入らされたのだろうか。
そうとしか思えない。
そうだったときの表情がすぐに頭に思い浮かぶ。
は苦笑を零しながら、とりあえず歯を磨いてから向かうことにした。

お気に入りのシトラスの歯磨き粉で歯を磨く。
そして、色々明日の準備をしたところで、コンコンとノックが響いた。



「はーい?」



誰だろう、と思ったところで分かるわけがない。
返事をして、扉を開ける。
途端。



「おチビチビ〜!!遅いぞ〜!!」


「ほわっ!?」



抱きつかれた。



「ほほほわわわわわ、せせせせ先輩ぃぃぃ!?(何何、どーなってんの俺!)」



驚いて変な声が出たのはしょうがない。
そしてハッキリと自分が今置かれた立場を理解していない。
とにかくは反射的に飛びついて来た菊丸の腕の中、逃れようともごもごと動く。
が、意外と強い力で抱きしめられてるため、身動きが取れていない。
それどころか。



「もう準備出来てんだかんね!いっくよー!!」


「ほぎゃあああっ!!?」



一瞬のうちに俵のように担がれてしまった。
いきなりの浮遊感と高くなる視界。
悲鳴を上げるのを無視して、菊丸はそのまま走りだした。
一体彼のどこにそんな力があるんだろうか。

が、そんなことを呑気に考えられるほどは冷静ではなかった。
全力ダッシュの振動とパニックの頭で一杯だ。



「ききき菊丸先輩おお下ろしヒギャッ!(痛い!)」


「黙ってないと舌噛むよーん」


「おひょいでひゅ!(もう噛んだ〜!)」



菊丸の忠告空しく、はすでに舌を噛んだ後。
それに彼はケラケラと笑う。
その間も全力ダッシュ。
はとにかく落とされないように、菊丸のTシャツをガッチリ掴む。
もし今彼女の目を描くのなら、グルグルのナルトだ。

バターン、と大きな音が響く。
が、はその音を聞くだけで精いっぱいだ。



「たっだいまー!!おチビチビ連れてきたよーん!!」


「遅いっすよ〜英二先輩!!も!」



菊丸の言葉に返事をしたのが、桃城。
仲良い二人組らしい。
お互い意思の疎通が出来ている。

とにかく、止まったということが一番。
肩の上に担がれているは、ようやっと息を吐けた。
未だに目がグルグルだが。



「ハァ、き、菊丸先輩、はうぅ、下ろしてください」


「はいよっ」



特にの声に気にするわけでもない。
菊丸は部屋に着いたことで嬉しさだけが支配しているよう。
素直に下ろされたは、へろへろとその場に膝をついた。



!?大丈夫か?」


「ふぇ、ふえれれれ………だ、大丈夫れすぅ…」



目が回っているため、立ち上がれない。
くらくらと回る視界。
大石がすぐに駆け寄るが、とりあえずの返事しか出来ない。
それだけパニックを起こしていたというのと、振動が激しかったと言ってもいい。
支えてくれる大きな手が、心強い。



「英二!が目を回してるじゃないか!」


「しょうがないじゃん!おチビチビがモタモタしてたからいけないんだよーだ」


「全く…、水飲むか?少し休んだ方が…」


「だ、大丈夫れす…目回っただけれすからぁ」



とにかく舌が回らない。
支えられて、目はようやく回らなくなった。
視界は戻ったが、精神的疲労が激しい。
ぜぇはぁ、と息を整える。
そして部屋の中のメンバーを全員見渡すことが出来た。



「………あ、やっぱり越前連れられてきてたんだ」



桃城、菊丸、大石、一年トリオ、そして先程までこの部屋にいなかった越前。
彼は部屋の隅で面倒そうに顔を歪めていた。
強制参加決定らしい。
そんな顔に、落ち着いたは苦笑を零した。



「さーて、全員揃ったところで!配置につけー!!」


「「「おー!!」」」



菊丸の声に、一年トリオが楽しそうに声を上げる。
どうやら配置も決まっているらしい。
確かに枕が無ければ始まらないのだから、枕の元に行く。
もそこへと案内されて、位置へ着いた。



「よーしお前らー!用意はいいかー!?」


「俺はいいぞ」


「俺もいいいよーん!」


「俺達も準備完了っす!!」


「なんで俺が…」


「まぁまぁ越前。俺も準備いいでーす!!」



ブーたれる越前以外、全員準備完了。
それぞれ枕を持って臨戦態勢。
目配せをしつつ、お互い誰を狙うか模索する。

審判などいらない。
これは、ただ枕を投げて楽しむものなのだから。



「レディー……ファイ!!」



桃城の声に、全員が笑う。
そして枕は投げられた。



「よーし!俺の枕をくらうにゃー!!」


「ぎゃーっ!いきなり俺っすか!!酷いっすよ菊丸せんぱいぃぃ」


「負けてらんねーな、負けてらんねーよ!!」


「あははははっ」



バスンバスンと枕が誰かに当たる音が響く。
率先しているのは先輩二人。
もっぱら当てられているのは堀尾だ。
カチローとカツオも笑いながら投げ合っている。



「…本当に何で俺まで…」



面倒そうに立ったままになっている越前は、目の前の光景に溜息を吐いた。
これから静かに寝るはずだったのに、と。
桃城が呼びに来なければ。

もしかしたら今、静かにこの部屋を出れるだろうか。
しかし、そんな考えが通るわけがない。

バスン、という音が越前の顔に当たった。



「やった!当たった!!」


「…にゃろう」



当てたのは
当てたことに嬉しさを覚えて、ニコニコと笑う張本人。
我関せずを気取っていた越前のコメカミにもヒビが入る。
勿論、プライドにも。

やられたら、やり返す。
越前の枕を持つ手に力が入った。

バスンっ



「ふぎゃっ!!」


「…まだまだだね」



一瞬の内にやり返される。
は枕に当たったと同時に悲鳴を上げた。
しかし、それは笑いが含まれたもの。
越前の口からいつもの口癖が零れたところで、勝利が決まったわけではない。

何故ならこれは枕投げ。
勝ち負けなどない。



「あははっ!やったなー!!またいくぞー越前!と見せかけて桃城先輩!!」


「うぉっ!?後ろからなんて卑怯だぞ!!」


「あはははははぎゃっ!!」


「へへーん!おチビチビ油断は禁物だぞ〜!それ、おチビにも!!」


「そう簡単にはやられないっすよっ」


「こりゃ大変…うおわ!?」


「あはははっ」



枕投げ大会は白熱していく。
バスンバスンという特有の音は鳴りやまない。
笑い声も止まらない。
ただひたすら、枕を投げ続ける。



「ちょっと、何騒いでるんだい!?うるさふがっ!!」


「「「「「「「あ」」」」」」」



その後、先生が五月蠅いこの部屋に入り、誰かの投げた枕が彼女の顔に当たるまで。
それは絶対に絶えることはなかったという。
(その後、先生の怒鳴り声が響いたのは言うまでもない)