感が良い人は



分かること












最後の泊まる日。
今日の同じ部屋のメンバーは、というと。



「ほへぇぇ…お疲れ様ですー…」


「うん、お疲れ様


「ベッドに倒れるのはいいが、すぐ風呂だろう。用意しておけ」


「あ、はい!」



朝の奇跡のダブルスゴールデンペア。
手塚と不二だ。
ベッドに倒れた途端言われた注意に、はすぐに立ちあがる。
そしてごそごそと自分の鞄をあさりだした。

試合時はプレッシャーを放つ、圧迫感を感じる二人だが、今はそんなことはない。
穏やかな空気だ。
それには彼らの性格を苦手だとも思ってない。
だからこそ、笑顔でのんびりといられる。



「よし!んじゃお風呂行ってきます!」


「はい、いってらっしゃい」



手塚と一緒に出るわけにはいかない。
すぐに不信がられるからだ。
今日は見張りを先生がやってくれるらしい。
恐らく、既に待ってくれているだろう。
急いで行かなくてはいけない。

ひらひらと手を振って見送ってくれている不二と黙って頷く手塚に頭を下げた。
そしてダッシュで廊下へ飛び出す。
静かになる部屋に、去っていく靴音だけが響く。



「…クスッ、あんなに疲れてるっていうのに、元気だね」


「ああ、そうだな」



今度はお風呂までの道を迷わなければいいが。
そんなことを思う。
さすがに道案内位するべきだったろうか、と手塚は考えながらも後の祭り。
とりあえず読みかけの小説を取り出し、目的のページを開く。

ページをめくる音が小さく響く。
同時に、ベッドに座っていた人物がゆっくりと座り直した。
両肘を、膝の上に置いて。

話しかける体制になった。



「…ねぇ、手塚」


「何だ」



話しかける体制になったのは不二。
彼の視線の先には手塚。
しかしその視線を向けられた本人の目は手元の小説に向けられたまま。

だが、空気が穏やかなものから冷たいものへと変わったとき。
その視線を本から外さざるを得なかった。



「…は、女の子だね?」



いつも穏やかな目が、鋭く光る。
その青い瞳は手塚をじっと見つめた。
いつも優しい声は今、鋭利の刃物のように冷たい。

この表情と声一つが、質問から逃がさない。



「…どうして、そうだと?」



一方、それら全てを受け止める側の手塚は酷く冷静だった。
その視線と声を受けながらも、特に大きな反応はしない。
いつもと同じ瞳で視線を交じり合わせ、いつもと同じ声で応える。

否定するわけでも、肯定するわけでもなく。
質問を、質問で返して。



「…最初から、何となくそうかな、と思ってた」


「………」


「確信が持てたのは、一昨日おぶったとき。…分かりにくくはあったけど、やっぱり、女の子の身体だったから」



無言のままの手塚を見つつ、話を続ける。
不二は視線を外さずに、過去の記憶を頭の中の過ぎらせた。

最初会ったときの姿。
ただ身長が小さく、声が少し高めの、中性的な男子だと思った。
テニスが大好きで、話をするだけでキラキラと輝く顔。
堀尾や荒井との戦いも素晴らしいものだった。

火傷の痕が酷いから一緒に着替えない。
それも納得できる理由。

だが、感じた違和感。
それは拭えないまま続いていく。


それが確信に変わったのは一昨日。
をおんぶしたときの感触。
同じような体格の越前とは全く違うもの。
違和感の答えがすんなりと導きだされる。

まるで、方程式が解けるように。



「…そうか」



冷静なまま、手塚はそうとだけ口にした。
小説を膝の上に乗せたまま。
視線を、ただ返して。



「…否定も肯定もしない。驚きもしないんだね」


「予想していたからな。…気付くとしたら、不二。お前か、乾だと」



冷静でいられたのは、元からの性格だから。
そして、予想していたから。

の『女』が永遠に気付かれないわけがないと。
気付かれるとしたら誰に、どのようにか。
彼らの性格を熟知しているからこそ、理解しているからこそ導き出される予想。


勘の良い、そして観察眼が鋭い不二。
そしてデータを取る乾。
彼らならば、すぐに気付くだろうと。



「…気付いたことを、僕がこうやって手塚に言うってことも?」


「ああ。不二も乾も、先生や全員に言う前に俺に確認するだろう」


「…なるほどね」



すぐに先生に報告する性格ではない。
況してや、辺りの人間に告げ口する性格でもない。

本当なのか。
どういうつもりなのか。
それを知りたかったらまず、そのことを知っている人物に尋ねるだろう。

そう、このことを知りつつも黙認している、手塚に。


淡々と答える手塚に、不二は鋭い目を閉じた。
真実は変わらない。



「…は、何で男子<ココ>に?」



聞きたかったのはその理由。
先生や部長である手塚が黙認しているのだから、それなりの理由があっていい。

不二にとって、が女子だろうが何だろうがどうでもいい。
実力はあるし、全員と仲も良い。
また、自分とも相性がいいのは分かってる。


だが、『女子』である以上、『男子』テニス部に所属させていることを他の学校にバレてしまったら。
規定違反で大会出場が叶わなくなるかもしれない。
しかし、この部を任せられている人物がその危険をも抱えて黙認する。
そう、彼らが納得する理由が聞きたかったから、この確認をしたのだから。


再び訪れる沈黙。
不二は静かに手塚の答えを待つ。
視線は一度も逸らされず、こっちも逸らさない。

その口は、ゆっくりと開かれた。



「『青学で、テニスがしたい。女子ではなく、男子テニス部で』」


「…え?」


「『俺は、テニスがしたい。大好きなテニスを!』…俺が聞かされたのはそれだけだ」



いつもと同じ声。
だが淡々と紡がれる、彼とは違う言葉。

そう、言葉の持ち主は今お風呂に入っている。
こっちの状況を全く知らずに。
のんびりと。



「…君が黙認しているのは、それだけの理由で、かい?」


「ああ。…竜崎先生なら、本当の理由を知っているだろうがな」



意外な言葉だったのだろう。
不二はキョトンとしながらも、視線を外さない。

要である手塚がそれだけの理由で黙認している。
それが、信じられないと。
だが、それは真実で。
本当にが『男』として入部した理由は、先生しか知らない。



「俺が黙認した理由は、その理由とあの時の瞳。…それだけで十分だ」



無茶な要望。
『男』と『女』の埋められない差。
部としてのリスク。


だが、それ以上に強かった、自分達にも共通する『想い』

それが彼を突き動かした




「……………そう、か」



視線を逸らしたのは、不二だった。
地面へと向けられたそれはまだ真剣なもの。
だが、鋭いものではない。

次の瞬間。



「手塚らしいや」



クスリと笑った。
途端に張り詰めていた空気が緩和される。
先程と同じ、穏やかな時間に戻った。



「…うん、分かった」


「…咎めないのか」


「ははっ、最初からそんなつもりないよ。ただ、どんな理由なのか聞きたかっただけなんだ」



聞きたかったものは聞けた。
それで自分が納得出来た。
それだけで十分。

不二はニコリと微笑む。
いつもの表情に戻った彼に、手塚はそれが本心だと悟り、気付かれないように息を吐きだした。



「…そうか」


「うん。あ、心配しないで。このことは秘密にしておくから。…別にがいて困る理由なんて、僕にはないからね」


「ああ。ありがとう」


「どういたしまして」



理解してくれる仲間で良かった。
そう思わざるを得ない。
心の底から感謝しつつ、手塚は薄らと笑った。



「…あ、でもは『女の子』としての意識、ちょっと低すぎないかい?英二にべたべたされても特に慌てないし…」


「ああ。…色々注意しているんだがな、どうも本人は無自覚らしい」


「クスッ…苦労するね、手塚」


「まあな」



それでも、手放す気はないようだ。
眉間に皺を寄せる親友を見て、不二はクツクツと笑った。
手塚を困らせる人物など、中々いないからでもある。
だが、何よりも。


(…これからどうなるかも、楽しみだしね)


テニスプレイヤーとして。
仲間として。
そして秘密の行方として。

色んな意味で楽しみな人物がいる。
不二はまだお風呂から戻ってこない彼女を想いながら、手塚にも分からないように小さく微笑んだ。













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