時間など



すぐに経つのだ












「よし、今日の練習はそこまで!!」


「「「「「「はいっ!!」」」」」」



太陽が西へと沈む一歩手前。
薄暗くなってきた空の下、先生の号令が入った。

全員が汗びっしょり。
というのも、昼御飯と小休憩を入れたぐらいで、ほとんどテニスをしていたのだ。
疲れるに決まっている。


勿論、もその一人。
他のメンバーよりも息切れも汗も激しい。
河村、桃城と力任せショットの打ち返し方を懸命に練習していたためだ。
ひたすら「バーニング!」と発声付き、熱血系の指導付きだったため、尚更のこと。
笑顔ではあるが、フラフラしながら列に入る。
先生に促されて、手塚が前へと出た。



「今日はここまでだ。帰りも油断せず、時間どおりに行動すること。以上だ」


「「「「「「はいっ」」」」」」


「片付けも忘れないように。では解散!!」



部活の時間は終了。
あちこちから息を吐いたり、零れる言葉が聞こえる。
も汗をぬぐいながら。



「ふぅ」



大きく息を吐いて、ガクガクする足を動かした。
動きすぎて疲れたのか、それとも糖分が足りないのか。
どちらにしろ、顔は笑顔だが疲れていることには間違いない。



「お疲れ。大丈夫か?」


「ふぇ?大丈夫ですよ、大石先輩!」



それを見兼ねた大石が声をかけてくる。
彼も汗びしょびしょだが、そんなに疲労している様子もなさそうだ。
さすがは副部長。
はそんな彼を見ながら、笑顔で大丈夫と言い切った。



「そうか?あんまり無理するなよ?フラフラしてるぞ」


「そうですか?あんまり自覚ないんですけど…」



思った以上にフラフラしているらしい。
御飯不足だろうか、と首を傾げるに、今度は河村が声をかけてきた。



「あー、無理させすぎたかなぁ。ごめんね」


「全然そんなことないですよ!それよりもありがとうございます!何となくコツ掴めた気がします!」


「ハハッ…そうだったら嬉しいんだけど」



疲れたのは確かだが、お陰でコツは掴めた。
素直に礼を述べると、癒しの笑顔が返ってくる。
やはりラケットを持つときと普段の彼とのギャップが激しい。
はつられるように笑った。

しかし、フラフラなのは変わりない。
大石はフム、と考えながら口を開いた。



「とにかくそのまま倒れる前に、戻らせた方が良さそうだな」


「ええ!?いやいやいやいや、片付けしますよ!俺後輩なんだし、バッチリやります!」


「そうして倒れられても、その方が迷惑だからな」


「た、倒れませんよ!」



有難い提案なのだが、それは後輩としてどうなのだろう。
思いきり否定をし、さっさとコートに行こうとしても止められる。
倒れる、倒れないと言い合う二人を止める人はいない。
先生と手塚は打ち合わせがあるために先に帰ってしまっているし、他はコート整備に懸命だ。
傍にいる河村はただただ「まぁまぁ」と焦るだけ。

このまま言い合いが続くと思いきや。



「じゃあ僕がと一緒に帰ろうか」



と、が戻ること前提に口を出してきた人がいた。
不二だ。
キョトンとしている大石とに、彼は当然とばかりに笑いかけた。



「片付けの分担をしたらいいんじゃない?と僕は明日と明後日片付けをするとして、皆二回ずつする、としたら」


「…ああ!その手があったか」


「その方が、も申し訳ないとか思わなくて済むよね」


「た、確かにそうですけど…」



良い提案だ。
大石としては帰って欲しい、としては後輩として片付けまでちゃんとしたい。
これで分担されていれば、今日はが帰れるし、彼女としても後ろめたいことにはならない。
二人で納得すると同時に、河村はそれを見計らってのテニスバッグを手に取った。



「そうと決まれば、はい


「ふぇ?あ、ありがとうございます河村先輩」



どうやらもう決まってしまったらしい。
もう否定すら出来ない空気が流れている。
戸惑いつつも、バッグを受け取ったの前で、大石が同じように不二にバッグを渡していた。



「じゃあ、頼んでいいかな不二。片付けの分担は考えておくから」


「うん、じゃあ行こっか」


「は、はい…じゃあお先に失礼します!」



ここは素直に甘えた方が無難か。
促されて、はペコリと頭を下げた。
フラフラとしながら、不二の隣を歩く。
後ろで片付けをする部員達を感じながら、二人は別荘へと向かった。

森林の新鮮な空気の中。
不二はの歩調に合わせて歩く。



「隣のコートから見てたけど、凄く頑張ってたね」


「あ、はい!河村先輩の指導で、熱くなりながら頑張りました!」



足はフラフラでも、テニスの話題となれば目をキラキラと輝かせる。
それはもう、いつも以上に。



「それにしても、やっぱり河村先輩は凄いですね!近くだったら風がブアッって来て、力の凄さを見せられて…!」



まだあの感情が沸々と湧いてくる。
近くで見せつけられた、パワーの素振り。
一緒に素振りをしたときの発声、気合、勢い、その他諸々が精神を昂らせる。



「一緒に素振りをしたら、自分も力強くなれた気がして…コツも教えてもらいましたし!とにかくバーニングしましたっ!!」



ワクワクと先程を思い出して話すを見て。



「クスッ」



不二は楽しそうに笑った。
それに気付くわけもなく、の心はまだテニスの練習に戻ったまま。
足取りは相変わらずだが、先程と顔は全く別だ。
疲れは確実に体力を減らしているというのに、心だけは奪いはしない。



「まだモノには出来てませんけど、近いうちに必ず力技のショットに打ち返せるようになります!!必ず!!」


「…そう」


「はいっ!」



満面の笑顔で、夢を語る少年のよう。
キラキラ輝くを、不二はまるで兄になったかのように微笑んだ。



「…君は本当に、面白いね」


「?そうですか?」


「うん。傍にいて、楽しいからね」



首を傾げるに、彼はクツクツと笑う。
何やらいつも笑われているのは気のせいだろうか。
しかし、傍にいて楽しいと言われて悪い気はしない。
どこか照れながらが「はぁ」と誤魔化すように笑うと、彼は少し苦笑を零した。



「でもね」


「はい?」


「テニスが好きなのは分かるけど、ちょっと頑張り過ぎだね。もうちょっと自分の管理しないと駄目だよ」



不二の目が向く先はフラつく足元。
どう踏ん張ってもやはり、左右に揺れてしまう。
頑張りすぎた結果がこれなのだが、どうやら目に余るものらしい。
は「あはは」と苦笑を零しながら、しょうがないとばかりに肩を竦めてみせた。



「でも俺、これ以上しないと先輩達に追いつけませんし…というか、皆がバテてないのに俺だけバテるなんて情けないじゃないですか」


「真面目だね」


「いえ、アタボーなことです!俺だってもっと強くなりたいですし!!」


「クスッ…でもその足じゃあね。もう少しセーブして、少しずつ慣れていけばいいんだよ」


「いやいや、これぐらいなんてことないですっ!」



疲れなんてへっちゃら。
テニスが出来ればそれで良い。

それぐらいの考えが頭を埋めているため、身体の管理が出来ない。
ちなみに、それの自覚がないのも欠点。
気合十分に否定するに、不二は再び苦笑を零して立ち止った。
つられて後輩もピタリと止まらざるを得ない。



「?不二先輩?」



止まったところで、足元が覚束ないのは変わらない。
それを見て、不二はフムと少し考えてから腰を下ろした。

座る、わけでもなく。
ただしゃがんでバッグを地面へと置く。
?マークを頭の上にポンポン出すに、不二は振り返りながら笑いかけた。



、とりあえず僕のバッグ背負ってくれる?」


「え?あ、はい」



疲れたのだろうか。
首を傾げながら、とりあえず彼のバッグを背負う。
二人分のテニスバッグは重たい。
少しフラついたところで、どうにか踏ん張って立ち止まる。

ホッと安堵したところで。
不二は笑顔のまま衝撃の発言を口にした。



「うん、じゃあこのまま僕におぶさって」


「は…………へ?へぇぇぇぇ!!?(何ですとぉぉぉ!!?)」



あまりの発言に、は思いきり大声を出して驚いた。

しゃがんでいるのは背中を差し出しているため。
それは乗れ、と言っていたのか。
彼はそのまま動こうとはしない。



「無理無理無理無理、無理です!」


「でもこのまま倒れたら僕の責任になるからね」


「いやいやいやいやそれどころじゃないですから!!そんなことしたら不二先輩が倒れます!!」



何という羞恥プレイ。
いや、それよりもバッグ二つとを持ったら、不二自身がつぶれてしまう。
思いっきり首を左右に振って否定する。

しかし彼も引かない。
そこから動く気配すら全くない。



が乗らないと、僕も一歩も動かないからね」


「えええええ!?(無茶苦茶な…っ!)」



意外と強引。
だが、素直に乗るわけにもいかない。
先輩におぶさるなどと、後輩としていかがなものだろうか。

わたわたとしていると。
不二の瞳がゆるり、と開かれた。



「…


「ふぇいっ!(な、何故に開眼!?)」




目が開くと威圧感があるような気がする。
条件反射的にビクリっとの身体が強張った。
不二は、ニッコリと微笑んだ。



「素直におぶさるのと、このままの状態で皆に見られるの、どっちがいい?」


「うぇっ!?」


「さ、どうする?」



究極の選択。
どちらにしろ、どっちかを選ばないといけない。

乗らなければ、この状況を皆に見られる。
どちらを選ぶべきか。
他の選択があればいいのだが、パニックを起こしているため良いのが見つからない。


(ああ、どっち、どっちが良いのか…っ!)


と、悩む時間はあっという間。
行きつく先は一つしかない。



「…………よろしくお願いします」



はしょぼん、としながら頭を下げた。
選択肢など、あってないようなもの。
それに気付く訳もなくしょぼくれるを見て、不二は極上の笑顔で。



「うん、素直でよろしい」



確信犯のように答えた。
…といっても確信犯なのだが。

逆に溜息を吐いて、はおずおずと手を伸ばした。
肩に手を置いて体重をかける。
すると、不二が足に手をかけ、ひょいと背負った。



「うひょあっ」



不二にがおぶさる状態。
ぶっちゃけ恥ずかしくてしょうがない。



「ふ、不二先輩重たくないですか?大丈夫ですか?」


「軽いもんだよ。、御飯ちゃんと食べてる?」


「食べてます!不二先輩、無理しないでくださいね!?ヤバかったら言ってくださいね!?」


「はいはい」



重たさを気にして不二を心配する。
おぶさることで楽になるはずなのに、精神的負担が半端ない。
クスクス笑う不二に気を遣いながら、はふと辺りを見回した。

それにしても。



「…やっぱ不二先輩背高いですねー」



自分よりも背が高い彼に背負われて見る世界は、全く別物。
何度か、背の高い人に背負われたりして初めてではないのだが。
場所が違うこともあってか、輝いているように見える。



「そう?」


「はいっ!俺もいつか絶対、背高くなって、こんな視点から世界を見てやりますっ!」


「クスッ…頑張って」


「はいっ!」



そんなことを話しながらも、不二の足は確実に別荘に向かっていく。
のんびりと歩く帰り道。
兄弟というのはこんな感じなんだろうか、と思ったであった。

ちなみに。
別荘に帰った途端背負われているを見て、手塚が少し慌てたのはまた別の話。














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