「……ちょっと遅刻してきたこと、許して?」


「……………はい?」



真剣な瞳と真剣な声。
しかし、紡がれた言葉は意外にも意外、ちょっとしたことで。
一体どんなに重要なことを言うのかと構えていた小狼は全くもって考えていなかった言葉に口を開いた。

遠くでは四月一日が。
近くでは同じ異世界からの来訪人二人が。
表情に出さないまでも、心から呆れているのが分かる。



「…ダメ?やっぱ、遅かった?」



返事がないことに、は表情を曇らせる。
やはり羽根を返すとはいえ、遅れたことには変わりない。
大体遅れた理由が、四月一日と黒いモコナと会話していたからなのだ。
その時間、皆が雨に濡れ、冷たくなっていたというのに笑っていたのだ。
甘かったか…とがしょぼくれたときだった。



「…あの」



小狼が声をあげる。
俯いたも、ゆっくりと顔をあげる。
すると、少し情けないような表情が目に映った。



「あの、……本当にそれだけで…いいんですか?」


「……え?」



戸惑いを含んだその言葉に、は首を傾げる。
微妙な雰囲気に、隣から白い服を纏った異世界からの来訪人が助け舟を出した。



「ええと、この子が言いたいのは、羽根を返してくれるのは嬉しいけど、本当に遅刻を許すだけでいいのかってことだよ、きっと」



ニッコリと優しく微笑むその人。
男性にしては、柔らかい声。
彼の助言に、小狼も戸惑いながら頷く。



「…え、それだけって………だって…冷たい雨の中待たしちゃって……」



も言い淀む。
そこでようやく二人の感覚の違いが発覚する。
侑子が遠くで、その様子をクスクスと笑いながら口を開いた。



「うん、じゃあ両成敗ってことでいいんじゃないかな〜」



ホワホワ、と花が飛びそうな柔らかい笑顔。
その和やかな雰囲気に、二人も絆される。
小さく「それ意味違うんじゃねぇか」と黒い来訪人が呟いたような気がする。
が、それどころではない。



「……じゃあ、……許してくれるか?」


「…はい」



お互いに微笑む。
緊張感は薄れ、羽根の淡い光が二人を包む。
はその光をそのまま小狼の手にそっとのせる。
受け取った小狼は、それをそのまま腕の中の少女へと近づける。

それは一層光輝き。
ゆっくりと少女の胸に吸い込まれていった。



「……身体が温かくなった」



ホッと安堵の息が小狼から漏れる。
も同じように息を吐き出し、笑顔を零す。
白い来訪人にありがとう、とお礼を言ってからはそっと少女の手を取った。

自分より小さく、温かくなったとはいえ指先は冷たい。


(やっぱ、一枚だけじゃ…足りないか)


まだ命が危うい。
安心するのはまだ早い。

それを暗示しているかのような少女の指先。
笑ったと思ったらすぐに顔を顰めるに、小狼は幾分か警戒を解いたようで、同じような瞳で少女を見つめる。



「……どこまでやれるかな」



ボソリと呟いた言葉に、小狼が「え?」と小さく反応する。
の目は彼を映すことなく、閉じられる。
しっかりと、しかし壊れ物を扱うかのようにの両手は少女の片手を握る。


(……俺の『気』で……少しは……良くなってくれるといいけど……)


繋いだ手に神経を集中させる。
か細い、白い手。
そこから繋がる、少女の存在。



の下から、風が溢れ出す。
涼しくも優しく、温かくも神聖な空気。
の銀の髪をふわりと撫で、空へとゆっくりと昇る。

少しずつ、その風は辺りを包み出す。
多くの者が目を見開かせ、その風を受ける。
視線の中心にいる人物は未だ目を閉じたまま、少女の手を握る。


(……魔法に似ているけど…魔法じゃない)


白い来訪人、名をファイ・D・フローライト。
彼は青い、サファイアのような瞳で目の前の光景に見入っていた。
ファイは魔法を使う。
故に分かる、この異様な術。


(こんな綺麗なものじゃ、ないからなぁ魔法は)


一体何なんだろうと首を傾げているファイの隣。
黒い来訪人も眉間に皺を寄せ、ルビーのような瞳を微動だせずに向けている。
名前を黒鋼。
彼の国には魔法はなかったが、術、はある。
遣えていた姫君が扱う術を知っているからこそ分かる。


(『術』じゃねぇ……何だ?)


神聖な空気は同じだが、こんなに温かいものではなかった。
全く思いつかない言葉。
分からないものが嫌いな黒鋼にとっては、苛々する元になるにすぎない。



「……侑子さん、あれは…」


「治癒の『気』よ。家に伝わる『気』の一つ。一種の魔法や術のようなもの」



少しばかり離れたところで、侑子が四月一日の問いに答えている。
その返答に、二人の来訪人は顔をあげた。
綺麗な蒼と紅の瞳は輝きこそ違えど、言っていることは同じ。

『魔法、術とは全く違う』と。


二つの視線に、侑子はクスリと笑った。
四月一日は未だ、いきなりの視線に隣で戸惑うばかり。
侑子はそれに答えるように口を開いた。



「同じようでも全く異なる。家の『気』は本当に特殊なものよ。魔法よりも綺麗で魔力を使わず、術よりも温かく気力を使う」


「じゃあ、は他の『気』ってやつも扱える、凄いヤツってことですか!?」


「いいえ。家でも『恥』と呼ばれるほどに、『気』を扱えない。彼女が扱えるのは治癒だけなのよ」



そ、そうなんですか?、と四月一日が言葉を失う。
少しばかり遠くでは、二つの視線の持ち主それぞれが顔を顰めるのが見える。



「でもね」



侑子は笑みを戻す。
優しい眼差しで、口で弧を描く。



「治癒の『気』こそが、誰もが扱えなかった『気』なのよ」




まるで侑子の言葉に答えるかのように。
を包む風は優しさを増した。