と少女の握られている手。
目には見えないながらも、何かが少女へと流れ込んでいくように感じる。
優しい、何かが。


(…サクラの顔に…赤みが…)


サクラの具合が段々と良くなってきている。
それが触れている腕越しに感じられる。
小狼がを見上げたとき、彼は顔を思わず顰めた。


先ほどまで閉じていたの紫苑の瞳がうっすらと開いている。
長い睫に銀色の髪が静かにかかる。
こめかみからは汗がうっすらと流れ、眉間には皺が寄っている。
抑えてはいるが、明らかに呼吸も浅く、増えている。
風も幾分か弱まっていく。



「………くそ………っ……ここまでか……っ」



その言葉が紡がれると同時に風が消えた。
サクラに流れていた何かも止まり、忘れていた雨が静かに彼らへと降り注ぐ。



「…っ…はっ………はぁっ………」



苦しい呼吸。
雨と共に流れる汗。
グラリと反転する視界。


(あ、やべ)


そうが思ったときは既に遅し。
重力に負ける形で、の身体は自然と後ろに倒れ込んでいた。
冷たい雨が心地よく、熱った体を冷ましてくれる。



っ!!」


、大丈夫?」



四月一日が駆け寄っての身体を抱き起こす。
頭に乗っていた黒いモコナが覗き込む。
顔を覗き込めばの顔が疲労感に一杯、という表情。
しかし、彼女は笑ってみせた。



「だいじょーぶ。余裕」



ちゃっかりピースサイン。
四月一日とモコナから漏れる安堵の息。
それを見てから、は少女と少年へと視線を移した。

少女の肌には少し赤みが戻った気がする。
しかし、これは一時的なものだ。
しばらくすればまた元に戻ってしまうだろう。



「…俺の力じゃここまでが限界、か…」



せめて、少年を安心させるために、目を少しでも開かせたかった。
自分の力の無さが嫌になる。
ただでさえ『恥』だと言われているというのに、治癒の『気』すらまともに扱えない。



「あまり役に立てなくて…ごめんな」



これから精進するから。
そう心で囁いてから、申し訳ないように笑ってみせる。
小狼は一瞬、目を見開かせたが、彼は嬉しそうに笑いかけた。



「いえ、彼女の容態が少し良くなりました…有り難うございます」



その言葉に、今度はが目を見開かせる番。
不甲斐ない自分に、お礼の言葉。
思ってもいなかったそれに、嬉しさと恥ずかしさが込み上げて。
次の瞬間、も心から微笑んだ。







女性の声に、は少年から視線を逸らし、声の方へと顔を向けた。
黒髪を靡かせ、黒を基調とした服を纏う壱原侑子。
彼女は立ったまま、を見下ろす。
別に威圧感はないが、やはり逆らってはいけない空気を出しているのは彼女の特性だろう。



…えへ。挨拶遅れてごめんなさい侑子さん。お邪魔してます」



わざとおどけて挨拶する
侑子もの性格を分かっているからこそ何も言わない。
しょうがない、とばかりに微笑む。



「貴女がここに来たってことは、お兄さんを説得して来たのね」



家と侑子は仕事の付き合いが多々ある。
異世界とはいえ、似たような仕事内容故に依頼をし合う関係だ。
当主のの兄と、
彼らは映像を通しての友人関係に近いといっていい。

だからこそ知っている家の内情。
運命に巻き込まれないようにと命を投げ出した人たちも。
巻き込まれてしまった人たちも。

それでも歩みを止めないも、を想う兄をも。



「うん。ちゃんと分かってくれた。だから、分かってるんだろうけど、お願いがあるんです、侑子さん」



四月一日に支えられながらも、はしっかりと紫苑の瞳に侑子を映す。
未だ体力気力は回復できていないらしく、ところどころで息継ぎが入る。


の願いは分かっている。
けれど、訊かないわけにはいかない。

それが理。
この店のルール。



「…貴女の願いは?」



綺麗な声。
紡ぎ出される言の葉。

はそれを聞いて、自然と微笑んでいた。