「…貴女の願いは?」





願いごと。

今はたった一つだけ。


はいつもと同じ表情をする侑子に、微笑みながら口を開いた。
緊張感で辺りがしんと静まる中。
しっかりとした瞳で。
力のなくなった手に拳を無理やり作り、どうにか振り上げて。




「異世界観光ツアーに行きたい!」



と。


一瞬静まった庭。
さぁさぁと雨の音が聞こえ、誰もがの言葉の理解に勤める数秒。

一番先に声をあげたのは勿論。



「なんじゃそりゃっ!!!!」



ズビシッという音を立てながら裏手を出すツッコミ担当、四月一日であった。
彼の片手はの身体を支えているために動かないでいるが、もう片方は健在であったらしい。
微妙な雰囲気の中で、はナイス反応〜と四月一日を褒めた。



「いや、本当は異世界を旅して自分の目的を果たそうってのだったんだけど。でもそれだとあまり面白くなさそうだから、適当にネーミングしただけ


「なるほど〜。ナイスネーミング!」


「ネーミングしない方が良かった!絶対良かった!!



ネーミングに賛成、黒いモコナ。
ネーミングに駄目出し、四月一日。

そんな彼らをよそに、侑子は若干顔を顰めた。


勿論ネーミングセンスを責めているわけじゃない。
ただ、の放った言葉。

『自分の目的』

それが何なのか。
まさか、知っているのだろうか。
『ソレ』だけは全く、情報として彼女に流れるのを防いでいたというのに。



「…目的は何かしら?」


「そうっすね〜、貴重な体験をするとか」



ヘラリと笑う
これは嘘の表情だ。
長いつきあいで、それだけは分かる。


(…絶対に本当の目的を言うまいとした頑固な瞳だこと)


これは兄譲り。
いや、実際は父の瞳を兄が受け継いで、それがへと流れたのだろう。
ここまで来ると、本当のことを何が何でも言わない。

ならば、然るべき時が来るまで訊くまい。
それが侑子に出来ることだ。



「…そう。…ただその願い、叶えるには対価と共に条件があるわ」


「何でしょう?」



対価と条件。
どちらも気になるところだ。
かなり無理な願いなだけに、対価は恐らく、自分にとって一番価値のあるものだろう。
それが何か、と言われても何だか分からないが。

がへらりとした顔を引き締める。
真剣味を増した様子を感じ取ると、侑子も言葉を発した。



「条件は、彼ら四人と共に異世界を回るということ」



彼ら四人。
は傍にいる異世界からの来訪人たちだと思われる彼らを見回した。

羽の持ち主である少女と、彼女の知り合いであろう少年。
そして先程、と少年の間のやり取りを中に入って説明してくれた青年と、何もせずに見ていた青年。
彼らもとの同行、との言葉にそれぞれ反応を静かに示す。
勿論、少女は眠っていたが。



「俺はいいっすけど…一人より人数いたほうが楽しいし。…でも」



皆はいいんだろうか。

その表情に、侑子は自分の手の中にいた白いモコナを取り出した。



「この子はモコナ=モドキ。モコナたちがあなた達を異世界へと連れて行くわ」



その言葉は皆に向けられたもの。
だけではなく、他の四人もモコナを凝視した。

白のモコナは赤い宝玉を額に持ち、左耳に小さな耳飾をしている。
黒のモコナとはまるで正反対だ。
未だの上に乗った黒い方は、まるで白い方と照らし合わせたように片手をあげて挨拶をした。



「おい、もう一匹いるじゃねぇか。そっち寄こせよ」



俺ぁそっちで行く、と黒を纏った青年がの頭の上を指す。
確かにモコナはモコナだ、色が違うだけで。



「そっちは通信専用。できるのはこっちのモコナと通信できるだけ」



侑子の流し目が黒いモコナに注がれる。
全くもって、黒い方は今回役に立たないらしい。
チッとどこからかの舌打ちを聞きつつ、はちろりと上に乗ってるモコナを見やった。



「異世界に行きたいのなら、この白いモコナしかいないのだから皆一緒に、ということになるわ」


「成る程。そういう意味での条件だったんすね?」



願いが叶うことを望むのなら有無を言わさず飲まなければいけないもの。
ならば、何が何でも飲まねばならない。
まぁ、苦痛になるものでもないのだから、楽ではあるが。



「それと、モコナたちはあなた達を異世界に連れて行くけれど、そこがどんな世界なのかまではコントロールできないわ。だからいつ、あなた達の願いがかなうのかは運次第」



これは、全員に向けられた条件。
は異世界を回れるだけでいいのだから別にいいのだが、他の人たちは違うだろう。
そんなことを考えながら、は何とか自分の力で座った。



「君尋、もう大丈夫みたい」


「そうか?無理はすんなよ?」


「おう、サンキュな」



が自力で座って笑顔を見せると、四月一日も微笑む。
そして、じゃあ俺戻るな、と彼は侑子の元へと去っていく。
黒いモコナも、モコナも戻る!と四月一日の腕の中に跳んでいく。
それを見やってから、紫苑の瞳を侑子へと向けた。



「けれど 世の中に偶然はない」



聞き慣れた声と台詞。
次の言葉がしっかりとの頭に過ぎって、自然に微笑む。



「あるのは必然だけ」


(あるのは、必然だけ)



この立場になって聞くその言葉は。
あまりにも心地よく。

あまりにも、切ないものだった。