「あなたたちが出会ったのも、また必然」




セレスティア国のファイ・D・フローライト。
日本国の黒鋼。
玖楼国のサクラと小狼。

そして




運命は回る。

偶然はなく、必然的に。




「小狼、あなたの対価は…関係性」



侑子が対価を口にする。
その言葉に、誰もが反応を示す。
もうっすらと瞳を開き、少年を見やった。

侑子の話を要約すると、その対価は少女…サクラの記憶を全て戻しても、元の同じ関係になることはないという。
つまり、小狼に関する記憶だけは二度と戻らないということだ。


(…一番大切なもの…か)


小狼の表情から取れる、少女サクラの大切さ。
それは二人がどれだけお互いを大切にしていたか感じられるもの。
彼は対価を言い渡されてから、腕の力を強くする。
彼女の身体をギュッと抱きしめる。


(…それでも、彼女が死ぬことよりは)


異世界に旅することの目的を取るか。
対価の大切さを感じてやめるべきか。

選択は二つに一つ。
けれど、決まっている意志。



「…行きます」



強い意志を宿した琥珀の瞳。
しっかりとした口調。



「サクラは絶対死なせない!」



決意。
庭に響く、声。

潔い言葉にの心が刺激され、鼓動が高鳴る。
それに反応するかのように、身体は侑子へと向き。
瞳はしっかりと店主を映す。


四月一日の隣にいる、天使と悪魔のような格好をした少女達がちらりと視界に入る。
彼女達はそれぞれ、違うものを抱えていた。
ふわりと両手の上に浮かぶ、日本刀と何かの紋様。
これら二つはきっと後の二人の対価。


(だったら…きっと次は俺の番)


案の定、侑子の紅の瞳がに注がれていた。
覚悟、という言葉が相応しいこの雰囲気。
は一語一句、聞き逃すまいと耳を澄ませた。



。貴女の対価は……『帰る場所』よ」


「…帰る、場所?」



が言葉を返す。
侑子は頷き、説明を始めた。





『帰る場所』

がいた世界に戻れない、ということではない。
異世界を巡るのだから、それは大丈夫だと侑子は言う。
その言葉が意味しているのは一つ。



「貴女が存在していた。それが消えてしまうことよ」



存在が消える。

『いた』というのではなく、『最初からいなかった』ことになってしまう。



「人々の記憶は勿論、貴女がいたという証拠は何一つ、消えてしまう」



自分を産んでくれた両親は、自分を産んだことを知らずに死ぬ。
兄は、ただの一人っ子となり生活する。
友、などもってのほか。

写真も何もない。
の部屋は、何かの部屋になる。
出席番号はの後ろが皆、一つ繰り上がる。



誰も『』など知らない。






『あぁ…行って来い……元気で帰ってこいよ!!』



嗚呼。

兄ぃの声が、言葉がこんなにも俺に呼びかけてくれたのに。







兄ぃ、帰れません。


帰っても、兄ぃは兄ぃじゃない。


兄ぃは俺のこと、覚えてないんじゃあ。




俺は、貴方のもとに帰れません









「……………そっ……か」



ようやく出た声。
それは自分でも分かる、みっともなく震えて掠れたもの。


(こんなにも…自分の存在が消えることが…苦しいなんて)


何よりも、兄との約束が守れない。
あの笑顔にはもう逢えないだろう。

あれは、妹のにしか見せてくれないものだったから。



「……約束、守れないや」



未だに離れない、兄の笑顔。
優しいあの声。
温もり。



「…………兄ぃ」



もう呼べない。
兄ぃ、なんて。

ここにいれば、まだ彼は自分のことを覚えていてくれるだろう。
兄ぃと呼ぶことを許してくれるだろう。
映像越しではあるけれど、名前を呼んでくれるだろう。


(嗚呼、だけど)


やるべきことがある。
何よりも優先し、しなくてはいけないことが。

だから己からあの温もりを手放した。
優しさを、声を、笑顔を。






…だから…………………




……だから………っ…






兄ぃ………っ












雨音だけが響く庭。
は冷たい雫に身体を濡らし、俯いていた顔をしっかりとあげた。
銀色の前髪を掻き分けて、紫苑の瞳がしっかりと顔を出す。
それは侑子を捉え、そして柔らかく微笑んだ。



「…前に進むって決めたんで、それでいいでーす」



遠くから四月一日が、軽い!とツッコんでいた気がするが、それが許して欲しい。
そうでもしないと。

そうでもしないと。



溢れない涙が、雨のように流れてしまいそうだったのだから。