が微笑んで、少しおちゃらけた返事をする。
侑子は、隣で四月一日がツッコんでいるのを聞き流しながら、顔をほんの少し顰めた。


(……本当に、ソコは母親似ね)


辛いこと、悲しいことがあっても表には出さない。
出さないように、微笑む。
自分の中にしっかりと閉じ込めて、一人で抱えこむ。
そうすることで、己を保つのだ。


周りを心配させないためのものでもある。
が、彼女は気付いているだろうか。
否、気付いているはずがない。

彼女の微笑みが、周りを心配させていることなど。
自分達が信用されていないことを感じさせるということなど。
いつか、抱え込みすぎて、破裂して壊れてしまうんではないかと感じることなど。


そんなことなど、貴女は気付かない。
教えても、きっと母親のように貴女は言うのだろう。


『でも、こうでもしないと、己を見失ってしまいそうで恐いの』


と。







「…異界を旅するということは想像以上に辛いことよ」



回想を終わらせて、侑子は表情を元に戻した。
これからこの5人を異世界に送らなくてはいけないのだ。
色々と述べなければいけないことがある。
感傷に浸っている場合ではない、と侑子は口を開いた。


知っている人、前の世界で会った人が別の世界ではまったく違う人生を送っているということ。
同じ姿をした人に、色んな世界で何度も会う場合があること。
だが、前に優しくしてくれたからといって、今度も味方とは限らないということ。

また、言葉や常識がまったく通じない世界があったり、科学力や生活水準、法律も世界ごとに違うこと。
中には犯罪者だらけの世界や、戦の真っ最中という世界まで、多種多様だということ。



「その中で生きて旅を続けるのよ」



そう、これは過酷な旅。
の『異世界観光ツアー』などという言葉ではすまされない。
危険な、修羅の道。



「何時、すべて集まるのかわからない記憶のカケラを探す旅を。何時達成できるか分からない目的を遂げる旅を」



生き続けなければ、意味がない。
目的を遂げなければ、もっと意味がない。

ファイと黒鋼はどうやら、戦闘に慣れているようだから大丈夫だろう。
だが、問題は小狼と、そしてサクラだ。


サクラは今眠っているからどうしようもないが、後の二人。
彼らは明らかに平和な時代に生きてきた。
闘う術を、持っていない。
これはハンデ以上に、危険極まりない。

恐怖と、死と隣合わせ。
この状況に今の彼らが耐えられるとは思えない。


だが。



(……いい瞳、ね)



真っ直ぐに向けられた視線。
その中に恐怖や戸惑いを感じているものはない。
しっかりと受け入れ、それでも進んでいく。



運命に翻弄されることなく。

彼らは己で進んでいく。






「決心は揺るがない……のね」


「…はい」



侑子の問いに、小狼はしっかりと頷く。
同時にサクラを強く抱きしめた。
その隣で、がピースサインをし、同意の意を示す。

年端かも無いその少年達の決意。
勇ましいその姿に、侑子は優しく微笑んだ。



「覚悟と誠意。何かをやり遂げるために必要なものが、あなた達にはちゃんと備わっているようね」



ならばもう、言うことはない。
彼らはきっと、辿り着ける。


運命に翻弄されながらも

しっかりとした足取りで


歩んでいく





侑子は腕の中にいた、白いモコナを空へと掲げた。
どこからか風が集まり、それは宙へと浮く。



「では 行きなさい」



侑子の綺麗な声。
それが合図のようだった。

モコナの背に真っ白い羽がはえる。
同時に5人の足元が光り輝き、地面に魔方陣が浮かんだ。

次の瞬間。



ゴアアアアアアアっという大きな音を出し、風が吹き荒れ始めた。
強いそれはモコナの口へと運ばれ、まるで大きく息を吸い込むよう。
そして消えていく、異世界からの来訪人たちの身体。


(こ、こういう移動の仕方ってアリっすか!?)


送り方は兄ぃより雑だ、と思いながらは目を見開き、すぐに頭を動かした。
自分がここに何を残すべきか。
それを何となく、分かっていたから。



「君尋っ!!!!」



大きく、四月一日の名前を呼ぶ。
いきなり呼ばれた彼は、何事かと強い風の中、しっかりとを見やった。
そして飛んでくる光った何か。



「あ、危っ!!」



風に逆らって勢いよく飛んできたものを、持ち前の運動神経でどうにか掴んだ。
危ねーだろっ!と注意しながら、四月一日は己の片手をそっと開いた。



「それ、あげる!!きっと、お前の助けになってくれると思うからっ!!!」



もう下半身は消えかかっている。
はそれでも笑顔で四月一日に大声で笑いかけた。



「た、助けになる…?よ、よく分からないけど、有り難うな!!!!」



こんなもんで助かるんだろうか。
甚だ疑問を感じるが、貰ったものだ。
お礼を述べる。
はそれに嬉しそうに微笑んだ。



「じゃあ、君尋、そこの二人の女の子、モコナ、侑子さん、皆元気でな!!!!」



座ったまま、大きく手を振る。
もう片方の手は消えていた。
それに、他の異世界の来訪人たちは全員もう消えてしまっていた。
四月一日とモコナ、そして女の子はつられて手を振る。



「あ、侑子さん!!!!」



もはや消えかけているというのに、は侑子を呼ぶ。
彼女は何かしら、と焦る様子もなく紅の瞳をに向けた。



「あのっ!!……兄ぃをっ!!兄ぃをこれからも宜しくお願いしますっ!!!!もう、俺の兄ぃじゃなくなっちゃうけど!でもっ!!俺にとってはずっと、兄ぃだからっ!!!!!」



彼の記憶からが消えても。
の彼の記憶が消えることはない。




ずっと

ずっと兄ぃは兄ぃだから


だから


だから元気で





幸せに



なって









「分かったわ」



侑子の返事が耳に届く。
それは凛とした、いつもの侑子の声。
安堵させる、その言葉。



「………っ!!有り難うっ!!!!!!」



泣きそうな、それでも最高の笑顔。
それを残して、は消えた。

しゅるん、という音と共に強い風が止み、白いモコナも消える。
名残惜しむように、少しの風を残して。


チリン…と四月一日の手の中が鳴る。
透明で小さなピアスが1つ、別れを告げる。

それは雨を止ませ、雲の間から太陽の光を零れさせた。
まるで幻想的な世界だ。
庭にだけその光が照らす。

侑子はその光に導かれるように、空を仰いだ。





「…どうか…彼らの旅路に幸多からんことを」