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「止めなかったのね」 彼ら、異世界からの来訪人5人が旅立ったその日の夜。 お香が漂う、ある空間に侑子はいた。 多くの者が眠りにつく深夜。 障子を開けずとも分かる、月明かり。 そこに映る、違う映像。 「止められる、と思ってたんですけれどね…。やっぱり昔から弱いみたいです、アイツには」 聞き慣れたハスキーボイス。 いつものしっかりとした声はなく、どこか寂しげに呟くそれ。 侑子はそんな彼の姿に、苦笑を零した。 「そうね。あの子の我侭には大抵、貴方が付き合っていたものね」 「…アイツが我侭言えるの、俺だけだって知ってましたから」 両親はが幼い頃に亡くなり。 親戚は冷たい目でを見やり。 変わった容姿と変わった空気は他の子供を遠ざけた。 だからこそ、兄という立場と同様に親や友として成り立ってきた。 それは同時に、彼にとっては妹は娘、友として成り立つということ。 深い深い、縁。 何かを思い出せ、と言われれば1つのみならず多くの思い出が溢れ出す。 生まれたての頃、幼稚園の頃……何があって、どうなった。 笑った顔、怒った顔、考えている顔。 成長する、。 同時に溢れ出す想い。 それは止まることなく、溢れ、流れ出る。 「…あの頃なんてなかったかのように、成長したわ。心も、身体も」 『あの頃』 その言葉に彼は目を伏せた。 一番辛い時期。 過酷な試練。 まだ家を継いだばかりの自分と、6歳になったばかりの。 2人でどうにか乗り越えた。 辛い思いをしながらも、充実した日々だったと、今更ながら思う。 「…『兄ぃを宜しくお願いします』…旅立つ前に、一番最後に叫んだ願いよ」 鈴のような音が鳴る。 彼はそれにつられるように顔をあげた。 侑子の手には、透明なピアス。 四月一日にが投げ渡したものだ。 片耳に3つずつ付いていたそれは、きっと今は2つずつになっているのだろう。 もう1つは、彼の手にあるのだから。 「……そんなこと、言ったんですか。アイツが」 「ええ。心配そうな目でね。分かっていたみたいに、対価を投げ渡して」 ヒュッと投げる真似をしてみせると、彼は小さく笑った。 と同じ、銀色の髪が揺れ、金色の瞳は伏せられる。 身体は密かに、震えていた。 「…バカ」 俺の心配をしてる場合じゃないだろ。 自分を心配しろよ、危険な旅なんだぞ。 バカ。 そう思えば浮かぶ、の笑顔。 もう、これからは浮かばなくなってしまうのに。 瞳から溢れそうになるものを必死でこらえながら、彼は手の中のピアスを握った。 『コレつけてるとさ、大切な人が近くにいるような気がするんだよな』 そう言って肌身離さずつけていたピアス。 彼がつけている銀の装飾の首飾りと同じ、両親の形見。 (…忘れたくねぇよ、…) どんなに我侭でも。 どんなにバカでも。 お前が、俺にとってのたった一人の大事な妹なのに。 お前がいたという証のこのピアスすら、俺の前から消えてしまう。 お前は、ちゃんとここにいたのに……っ 「……侑子さん、お願いがあります」 喉に、言い様のない痛みを感じながら彼は口を開いた。 侑子は、しっかりと彼を見つめる。 「何かしら」 「…このピアスだけは…『帰る場所』の対価として消すことを止めて頂きたいんです。アイツのことを忘れても……せめてこれだけは……」 せめて せめてがいたという証を残させて欲しい そう言い終ると、彼は己の首から両親の形見を外した。 立派な銀の装飾がされているそれ。 「…対価はこれです」 「……分かったわ。でも、その首飾りだと、ちょっと重いわね」 侑子は頷きつつも、顔を少しだけ歪ませた。 対価は対等でなければならない。 少しでも違えれば、違う何かを代償として取られてしまうのだから。 彼はそれを知っているため、しばらく考えこんでから声をあげた。 「…じゃあ、今手紙を書きますからそれをアイツに届けてください。それなら丁度いいのでは?」 「そうね。でも何が書いてあっても白紙になるわよ。彼女の存在が消えるのだから」 「それでも良いんです、ただの自己満足ですから」 そう、唯の自己満足だ。 ピアスの件も、手紙の件も。 例えのことを忘れても ただただ、そこにいたということを証明したいだけなのだから 商談が成立すると、彼は直ぐに筆を取り、手紙を書き記した。 そして丁寧に封筒に入れる。 封筒と、対価の銀の首飾りを映像へとゆっくりと入れる。 それは世界を通り越し、侑子もしっかりと映像から出てくるそれらを受け取った。 「…じゃあそろそろ、『帰る場所』を頂くわね」 「…はい。侑子さん、妹を………を宜しくお願いします」 「……と同じ願いごと、ね。分かっているわ」 告げられる最後。 侑子が少し、悲しげに瞳を揺らしながら手元にあった杖を掲げた。 彼はそれを見やってから、金色の瞳を静かに閉じた。 小さい頃から今までのの姿が、まるで走馬灯のように走り抜ける。 手を伸ばせば、今にも触れそうに感じられるのに。 (……っ) そう呼べば『兄ぃ』と返す妹。 全てを覚悟し、出向こうとする彼女の姿。 (……頑張れよ……っ…っ!!!!!) ここで俺が応援しているから 忘れても、今の心は誰にも渡さないから さよならは言わない きっとお前にまた逢えると そう 信じているから 『兄ぃ〜っ!!!!!!!!!!!』 嗚呼 そうだ 何があっても 笑っていてくれたら 満面のの笑顔を最後に広がる白い世界。 それに身を投じた彼は、知らず知らずのうちに涙を流す。 チリン…と、誰かのピアスが寂しげに鳴った。 |