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兄は発していた風の『気』を治めてからもう一度名を呼ぶ。 何だよ、とが言うと、諦めきったように口を開いた。 「もう俺が何を言っても無駄だな?」 「勿論」 「……分かった。そこまで覚悟が出来てるって言うなら…あそこの店に送ってやるよ」 「…………なぬ?」 まるでしょうがない、とでも言うように首を横に振って溜め息を吐いてみせる。 その言葉が意外だったのだろう。 は目を白黒させて目の前の兄を見やった。 しかし、兄は言葉を訂正させるような素振りもない。 言葉を理解するのに数秒費やしたは、理解したや否やすぐに兄の懐へと飛び込んだ。 「うわっ!?」 突然の妹の行動に驚きながらも、兄はしっかりと抱きとめた。 少しほど、足はぐらついたが。 兄は己の懐に顔を埋めている妹を見やる。 しっかりと背中に手を回して抱きついている。 は、満面の笑顔で兄の顔を見上げた。 「ありがと!!本当にありがと兄ぃ!!!」 (…あぁ、本当に俺は甘いな) 妹の笑顔に、つられて兄の口も自然に弧を描く。 己と同じ銀色の髪を優しく撫でる。 「はいはい」 「お礼に寝る前に毎晩『アイラブ兄ぃ』って唱えてあげ」 「いらん」 「ええっ!?…じゃあ兄ぃが唱えてくれよ。毎晩寝る前に『アイラブ妹』って唱え」 「やらん」 「はぁっ!!?なんだよ我侭だなぁ。じゃあほっぺに熱いヴェーゼでも」 「いらんっ!!」 どうやら行けると聞いて調子にのっている。 無駄な提案を叩きつける妹に、兄はキッパリと跳ね返した。 だったら行動でと思ったのか口を尖らせて頬に口付けようとするをやめろと無理やり遠ざける。 しばらくそうじゃれあっていると、あぁそういえばと兄は口を開いた。 「ところで、なんでお前胸凹ませてまで男の格好してんだ?」 その問いに、あぁ、と気付いたようには口付けしようとすることをやめた。 「女だと許されず、男だと許されるハッチャケをするため」 「…オイ」 「あと、女の子を口説くため?」 「……………」 「うわ、やめろよその差別的な視線!冗談だろ冗談!!」 じとりと半眼でを睨めば、慌てて両手を振る。 冗談ですめばな、と兄がからかえば冗談だっつってんじゃん!と叫ぶ。 兄はクスリと笑うと、の頭をグシャグシャと荒っぽく撫で付けた。 おおうっ!?と驚くはどことなく嬉しそうに声をあげる。 もう一度じゃれあってから、兄は優しくを離した。 「………、覚悟を決めたのなら急いだほうがいい」 大好きな低い、ハスキーボイスが時を告げる。 兄の真剣な提案に、はしっかりと頷いた。 そして右耳の三つあるピアスのうち一つを取り、兄の大きな手に握らせた。 「兄ぃ、これあげる」 小さな銀の装飾が施されたピアス。 手の中で鈴のような音色がチリンと鳴る。 兄は何となくの意思を感じとったのか、コクリと頷いてピアスを力強く握った。 は同じく笑顔で頷く。 それを準備完了、と受け取って兄は口を開いた。 『彼の者を行くべき場所へと導け……空間転移!!』 兄の声と共にの身体が眩い銀の光に包み込まれた。 温かい、自分達兄妹と同じ髪の色。 光は静かに、しかし確実にの身体を消していく。 消えゆく中、はまた兄へと手を伸ばし、強く抱きしめた。 「本当にありがと兄ぃ……行ってきます!!」 光輝いているのと胸に抱きついているのとでの顔は見えない。 声は精一杯、泣くことをこらえて出したもののように震えている。 しかし、は泣いてはいないのだろう。 彼は知っている。 が泣けないことを。 兄は胸に温かみを感じながら、消えていく妹を優しく抱きしめ返した。 ずっと、ずっと一緒だった妹を。 大切な肉親を。 待つ、と決めて。 「あぁ…行って来い……元気で帰ってこいよ!!」 「うん!!!!!」 は大きく返事をして、光に包まれる身体で最後までしっかりと抱きついた。 もう会えないかもしれない。 それを覚悟の上で行くと、行かせると決めた。 けれど。 それは運命や必然ではなく、自分達が決めることだと信じている。 銀色の光は消えた。 『黒の間』には小さな灯火と兄だけが残る。 彼の手の中で、の残したピアスは小さく、そして悲しげに響いた。 ここがの出発点。 これが、始まり。 |