「来たわね」



長い黒髪を靡かせ、黒い服を身に纏う女性。
雨の庭にいるはずなのに彼女一人だけは濡れてはいない。
不思議な雰囲気をもつその女性こそがこの『店』の主である。
彼女は屋敷から出てきた青年とその腕の中にいる不可思議な生き物二匹、そして少女二人を目で捉えて微笑んだ。



「有り難う四月一日<ワタヌキ>」



目的のモノを持って自分の元へと駆け寄る青年、四月一日に礼を言う。
彼女は少女二人に日本刀のようなモノと、何かの紋様のようなモノを渡すと四月一日の腕の中から白い生き物を持った。



「あの、こっちは」


「いいのよ。あの子たちに渡すのはこっちの白い子だけ。黒いほうはうちでやってもうらうことがあるのよ」



四月一日は自分の腕の中に残った黒い…雪見だいふくのような生き物に目をやる。
見れば見るほど、不思議な生き物だ。
目は糸目で、フサフサの黒い毛。
耳は横にのび、その片方にカフスがつけられている。
額には青い石が埋め込まれ、体形はまるで卵。
その生き物は視線に答えるかのように片手をあげた。

店主の持っている白いそれもそんな感じだ。
違うのは色と、カフスがついている耳が逆だということと、額の石が赤いところ。
その白いものを説明しようと、店主が口を開いた。

この瞬間だった。



(!!ま、またかっ!!!?)


本日、三度目の耳鳴り……ではなく、耳をつんざくあの音が庭中に響き渡った。
異世界からの来客者もこの音に驚いたようで、あちこちに視線を彷徨わせている。
四月一日も慌てふためいたが、店主が見つめる空が気になって共に見上げた。


空の一部が伸びて、庭へとゆっくり降りてくる。



(こ、この光景はさっき、小狼君たちが来たときと同じ…!!)


また異世界からの来客者か。
庭にいる全ての人間、いや生き物もだろう。
皆が視線をそっちへと集中させている。


空が地面と触れ合う。
瞬間、爆発するような大きな音が庭に鳴り響いた。
同時に、かすかに聞こえたのは鈴のような音色。

驚く自分達を何事でもないように、空は何かを置いて元の位置へと還っていく。
雨と雲に包まれたモノがゆっくりと明らかになっていく。


後ろに短く束ねられた銀の髪。
灰色のショルダーバッグと、肩を出した服装。
顔は見えないが、明らかに少年、もしくは青年であろう。
身長は今意識がない、あの少女の少し上だろうか。
そんな人間が、庭に跪く格好でそこに現れた。


(服装はこの世界と同じようなものか…でも銀の髪は珍しいな……)


素直に心の中で感想を漏らす四月一日。
少年は下を向いたまま、そこから微動だにしない。
しばらくして、はて、と四月一日が首を傾げるのと同時に片手があげられる。
何事かと皆が凝視する中、店主は何かを悟ったかのように静かに口に弧を描いた。



「………あの、すみません」


「あ、はい!何でしょう?」



アルトの声に四月一日が返事をする。
少し沈黙が続いた後、小さな声で、少年は呟いた。



「……いきなり何なんですけど……………………吐きそうっす」


「…………はい?」



何だって?と四月一日は聞き返した。
それはそうだ。
いきなり現れた第一声が「吐きそう」だなんてそんな訳がない。
そんな訳が……。



「……吐きそ…………うぅぇ………」



あ っ た 。




「まっ!!待て待て待て待て待てーっ!!!吐くな!!庭で吐くなっ!!!」



四月一日がすぐさま少年へととんでいく。
顔を覗きこむと、青白く、脂汗が滲みでて紫苑の目は虚ろだ。
何故気付かなかったのだろうかと思うぐらい、具合の悪さは見て分かった。



「ゆゆっ!!侑子さん!!お手洗い借りていいっすか!!?」



四月一日が声をあげると、店主である女性、侑子はそちらへと視線を向けた。
名前に反応したのか、少年も少しだけ顔をあげる。
侑子はクスリと笑って口を開いた。



「ええ、いいわよ」


「あ、有り難うございます!!ほら、しっかりしろお前!!頑張れ!!」


「うっ!……うぇい……侑子さんアザッス………」



お手洗いの使用許可が下りた。
四月一日は早速少年に肩を貸す。
肩を支えられて立ち上がると、少年は侑子に小さくお辞儀をして屋敷の中へと消えていった。

先程までの慌しさは一体なんだったのか。
そう思わざるおえない沈黙が庭を包む。



「…で、その白いのはなんなんだよ」


「あの子たちが戻ってきたら説明するわ」



黒い男が話の続きを促そうとしたが、侑子はそれを断った。
結果的に、あの少年たちが戻ってこないと次には進めないということだ。
庭に取り残された人々は、ただただ変な雰囲気の沈黙の中、屋敷を見つめることしかできなかった。







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