「……ま、間に合った……」



ゼェゼェと息を切らして、四月一日は廊下の壁にもたれかかりズルズルとそこに腰を下ろした。

この世界に現れた途端、吐きそうと第一声を放った少年は今、ここから数メートル離れたドアの向こう。
お手洗いの中だ。
今頃便器と挨拶でも交わしているだろう。


(本当に間に合って良かった、と心から思うよ)


吐かれたら掃除するのはバイトである自分の仕事だ。
店主である侑子、そしてあの少女達は絶対に何もしないだろう。
むしろ「綺麗にしないと対価を増やすわよ」とでも言いそうな勢いだ。
それだけは勘弁願いたい。



「それにしても……凄い第一印象だな…」



呆れながらに一つ、溜め息が出る。
何せ第一声が吐きそう、だ。
第一印象、というか、忘れるのが難しいぐらいの異世界デビュー。
誰も忘れられないだろう…シリアスな展開をぶち壊した少年として。



「ふぁー…スッキリしたっ!」



ガチャリと向こうのドアが開く。
四月一日が音のした方へと目を向けると、例の少年がお手洗いから出たところだった。
真っ青だった顔は一体何だったのだろう。
そう思えるぐらいにスッキリした顔で現れた。

四月一日と目がバッチリと合う。
すると、はあ!と声をあげて彼に走り寄った。
四月一日も腰をあげて迎える。



「もう大丈夫なのか?」


「おう!有り難うな、お手洗いに連れてきてくれて」



一応心配の声をかける四月一日に対し、は手をひらひらとさせて笑顔で答えた。
完全に回復したようだ。
の笑顔につられて、四月一日も微笑んだ。



「それは良かった。それにしても、何で吐きそうな状態になったんだ?」



安堵した後、気になっていたことを訊いてみた。
他の人たちは平然とそこに現れたのに、目の前の少年は車酔いを起こしたかのような具合悪さ。
一体何があったのか聞きたかったのだ。

はそのときを思い出したのか、顔を思いっきり歪めた。



「いやぁ…ここに送ってくれた兄ぃがな…手抜きしてな……酷いワープ空間でな…」



本当に酷かったんだ、あれは。
前に後ろに上に下に右に左に……うぅ、また気持ち悪くなってきた。


言っていたらワープ空間を思い出したらしい。
は少しばかりまた青くなり、口を抑えた。



「いやいやいやいや、それはどうでもいい!


どうでもいいのか!?



四月一日の突っ込みは届かない。

また吐き気まで思い出してはいけない。
は首をフルフルと横に振って、思い出すまいと話題を変えた。



「俺、っていうんだ。お前は?」


「え、いきなり自己紹介!?」



また突っ込みが入る。
先程と違うのは、がちゃんと反応しているところだ。
反応、といっても口を尖らせただけだが。



「何だよ、自己紹介はコミュニケーションの基礎だろ!教えてくれないと眼鏡君って呼ぶぞ!


「おまっ!その呼び名は世界の眼鏡をかけた人たちをバカにしてるぞっ!!四月一日!四月一日君尋!!」



失礼なことを言うに四月一日は声をあげて自分の名前を告げた。
何故眼鏡をかけた人全員が「眼鏡君」やら「眼鏡」と呼ばれなくてはいけないのか。
名前がちゃんとあるのに、だ。
拳を握りしめながら叫ぶ四月一日とは対称的に、はフムフムと笑顔で納得していた。



「四月一日君尋、な。どう呼んだ方がいい?四月一日?君尋?」


「いやどっちでもいい…ってそうじゃない!世界の眼鏡をかけた人に謝れ!!」


「悪い悪い。じゃあ君尋な!俺、でいいから」



またもや四月一日の突っ込みは軽くかわされ。
しかし、笑顔でが名前を呼ぶものだから、溜め息を一つ吐いて彼は苦笑してしまった。


(何とも表情豊かというか、忙しいやつというか…)


怒る気力がなくなる。
何やらもう友人関係成立当たり前のような会話。
未だ目の前でペラペラと話すに、四月一日はもう一度溜め息を吐いてから微笑んだ。








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