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束の間の夢現。 この心地良さは一体どこから来るのだろう。 『我が主よ』 誰かの声がする。 あの、夢の中で逢った巧断…虎闇と名乗った黒い虎の声。 姿は、この白い世界のどこにもない。 『聞こえぬか、現での、戦いの音が』 促されるように耳を澄ませば、聞こえてくる破壊の音。 それは、どんどん大きくなっていく。 心が、震えた。 『目覚めよ。…己が大切なものを失いたくないのなら』 グンッと自分のお腹に括られた縄が締め付ける。 そして小さな浮遊感に、はカッと紫苑の瞳を開いた。 耳に届いたのは大きな破壊音。 目に入ったのは多くのビルと青空。 どこからともなく降ってくる小さな欠片。 そして 「黒鋼っ!!」 自分の縄を引っ張って、崩れる柱から救ってくれたであろう、紅の瞳の持ち主。 彼は自分も攻撃を避けながら、の縄を引っ張って動かしてくれたらしい。 未だ空中にある身体をすぐに動かして、しっかりと着地した。 「起きたかよ」 「ごめん!覚醒遅れた!!」 黒鋼の呆れ声に、はしっかりと謝罪と共に返事を返した。 少し眠ったせいか、意識はしっかりしている。 紫苑の瞳で辺りを素早く認識する。 視線の先には暴れている、まるでカブトガニとかいう生物のような巧断。 それを操っているであろう、少し小さくて小太りな、サングラスをかけたモヒカン男性。 小狼に攻撃をしてきたらしく、彼の近くにあった柱には大きく傷が出来ていた。 「聞く耳、持たないって感じだね」 聞こえたのはファイの声。 優しいはずのそれは、今はどこか刺々しい。 笑みも、どこか挑戦的なものだ。 がそれをしっかりと五感で認識した途端、また腹の縄が引っ張られた。 そしてその縄の端は、その笑みを浮かべた彼へと放り投げられた。 飛んできた縄を反射的に掴むファイ。 同時に、黒鋼は彼に制止をかけるように、手で行く道を遮って前へと出た。 「ちょっと退屈してたんだよ」 ファイの隣に立つには、彼の表情は見えない。 あの黒い短い髪と、黒い背中が見えるだけ。 だが。 「俺が相手してやらぁ」 声が、笑っていた。 嫌な笑みではなく、好奇の笑みでもなく。 ファイと同じような、挑戦的な笑みのもの。 「黒鋼、さっきまで楽しんでたー退屈なんてしてないない」 「満喫してたよねぇ阪神共和国を」 「うるせぇぞそこ!」 「うわぁ、何かさっきまでの格好良さが幻滅だよ〜」 「お前もうっせぇ!!」 モコナ、ファイ、そしての妙なツッコミに一瞬にして彼の格好良さは激減だ。 格好良さは別として、黒鋼は何だか癪だったらしい。 そんな様子に、小狼はすぐに前へ出た。 「けど黒鋼さん、刀をあの人に…」 「ありゃ破魔刀<はまとう>だ。特別のな。俺がいた日本国にいる魔物を切るにゃ必要だが」 深紅の瞳が見上げるはあの巧断。 見かけは固そうな、甲殻類。 「巧断は、『魔物』じゃねぇだろ」 『巧断』は『巧断』。 『魔物』は『魔物』。 世界が異なるからこそ違う、別の、物だ。 「おまえの巧断は何級だ!?」 「知らねぇし関係ねぇ。ごちゃごちゃ言ってねぇで掛かって来いよ」 挑発するあたり、本当に退屈だったみたいだ。 刀を使って『魔物』を切るなどの話を聞いていれば分かることだが、彼は戦闘に慣れている。 退屈という言葉を使うあたり、もしかしたら戦闘が日常だったのかもしれない。 「小狼くーん!くーん!」 逃げ惑う人々の中から駆け寄ってくる少年。 正義だ。 彼は此方に戻ってきてすぐに、相手側の説明を始めた。 ここはあの笙悟のナワバリで、彼等はここの界隈を狙っているチームであること。 一級の巧断を憑けていること。 それは動きが素早く、そして… 「蟹鍋旋回<カニナベセンカイ>!」 体の一部を刃物みたいに尖らせることができること。 刃物があちこちの柱を壊していく。 生身の人間に当たったら確実に大惨事だ。 次から次への攻撃に、黒鋼は持ち前の体力や技術で避ける。 しかし、それはいつまでも続くわけではない。 「危ないっ!」 はさみが飛び交い、壊れた物が落下する。 飛び出そうとする小狼の肩を抑えたのは、ファイだった。 「手、出すと怒ると思うよー黒たんは」 そう、も手を出したいのに出せないのはそういうわけだ。 黒鋼の表情は全く見えないが、どうやら戦いを楽しんでいるかのよう。 いや、楽しんでいなくとも、彼はきっと、自分がやると決めたことに手を出されるのは嫌いだろう。 どんなに危険なことでも。 「…じゃあ、違うとこで手出していい?」 の声は、どこか小さく、その場に響いた。 紫苑の瞳は未だに、攻撃を避ける黒鋼から離れていない。 「…?」 何をしようとしているのか分からない。 小狼の言葉には全く反応せずに、ただ避けるだけの彼を見ている。 何か、ファイが言いかけようとしたときだった。 「蟹動落<カニドウラク>!!」 あのモヒカンの男の声が響く。 巧断のハサミが高速で辺り全体を突いた。 破壊音が一層響く中、黒鋼の身体に衝撃が走ったのが見えた。 「黒鋼さん!」 小狼の叫びが響く。 同時に、の拳が強く握られた。 紫苑の瞳はもう、闇の色に染まって。 それに促されるように、傍には黒い羽を静かに羽ばたかせた黒い虎が、空を睨んでいた。 「…ちゃん、黒ピョンは大丈夫だよ」 「分かってるけどさ…アイツのやり方が気に喰わない」 巧断を出さない相手に向かっての、容赦ない攻撃。 黒鋼が戦い慣れしてるとはいえ、これは卑怯としか言えない。 ファイが宥めようとするが、は黒くなった瞳でずっとあの巧断の主を睨みつけている。 同じように、の巧断である虎闇は白銀の瞳をギラリと光らせる。 瞳の色が変わってることに気付いたファイは、小さく息を飲んだ。 「…それに、あの攻撃に紛れるように辺りを破壊してる奴らがいる」 黒い瞳に映るのはただのあの巧断の攻撃ではない。 あちこちから、見えないように辺りを破壊し、黒鋼の避けるための道を失くしていく輩が、いる。 不必要に多い、欠片が空から降りてくるのをしっかりと、見ていた。 「だから、その破壊をする輩を攻撃するのはいい?」 ファイの蒼い瞳にが映る。 そこには、黒い瞳をギラギラに輝かせた人物と、同じような白銀の瞳を持つ黒い巧断が、ニヤリと笑っていた。 |