敷地の端。
それは分かりやすいように壁で囲んである。
レンガのようなそれに、は足を下ろした。

ここからでも、遠いながらも戦況は見える。
そして、後ろを見れば、どうやらまだ被害がないような街。



「一応、やっとくだけやっとくべきだよな」



もしかしたら、杞憂で終わるかもしれない。
だが、やっておくだけ、もしものときは楽だ。
翼が背中から離れて、各々形を作っていく。

黒い虎と、白い竜。
それが目に映ってから、は口を開いた。



「じゃ、頑張って全体にバリア張ってくれる?内側からの攻撃を外に出さないように、出来れば透明な」



勿論、俺の気を使ってくれても構わない。

そう付け足すと、彼らは頷いてお互いがお互いに溶けていく。
黒と白が、混ざり混ざって。
球体になった途端、それは弾けるように空へと飛び上がり、花火のように散る。


音もなく、静かに滝のように流れ、敷地内を囲んでいく。
透明なそれに、誰も気付かない。



「…いやほんと、凄いわ」



自分の心が強いとか弱いとか全く関係ない。
巧断が強くて素晴らしい。
はバリアの張られたそこをツンツンと触ってみても、何も感触はない。
空気だけだ。

自分でも驚くぐらい。
巧断は強い。


(…やっぱり心のどったらこったら、関係ない気がすんだけど)


これで自分の心が強いだなんて、おこがましい。
確かに巧断は強いが、の心は弱い。
戦いに慣れていないために、なんだかんだでビビったりしている。

これで強いとか、そういうことになるのなら。
それは心ではなく。


(俺の『存在』、だったりして)


意味深に笑みを浮かべながら、壁の上に座る。
行き場のない足を、ぶらぶらと揺らして。
紫苑の瞳は空へと向けられる。

青い空に、白い雲。
耳に届くのは、その光景とは間逆の破壊音。
ファイに避けられた物体化した言葉は、空に溶けていく。
の張った、バリアに。



「お、張っといてよかったんじゃね」



どうやら役に立っているようだ。
杞憂に終わる心配はない。

ほっと一安心。
安堵の息を吐いたとき、後ろから大勢の足音が聞こえ始めた。
警察でも来たんだろうか。
そろりと後ろを振り返った。

が、次の瞬間、振り返ったことを後悔した。



「お?じゃん」


「げ」



数十人の人。
特徴的なゴーグルとスカーフの団体。
その中心人物と、目が合ってしまった。

浅野笙悟。
彼は驚きに目を見開いた後、口の端を上げた。
と、対照的に。



「何やってんだ、こんなとこで」



本来ならば、別に、と返してあげたいところ。
だが、そう言えばもしかしたらバトルに持ち込まれるかもしれない。
今巧断を使っているために、それは避けたい。

ここは、正直に言うことにした。



「…えー。拉致事件が起こったので、犯人を追ってきたんだけど」


「ハァ?拉致?」



すぐに顔に出るのが彼らしい。
訝しげに首を傾げてから、身軽にの隣に座った。
同様に、辺りの壁に座り始めるメンバー。
何やら妙な感じだ。



「何だ、拉致って。俺のナワバリでか?」



興味津々というか。
親身になってくれているのだろうか。
辺りのメンバーもに穴が開くぐらいに見つめている。

居心地悪い。
そんなことを思いながら、は正直に口を開いた。



「知らねぇ。何か、小狼か俺だと思って勘違いして拉致ったらしいよ。可愛い女の子が犯人で」


「女?」


「あの子」



ビシリと指をさす。
指の先には、戦いの最中。
声を大にして攻撃する女の子と、それを避けるファイの姿がある。
どうやら文字が伸びたり縮んだりする辺り、攻撃の仕方が変わったようだ。



「……アレか?」


「そうだけど」



しっかり頷いた途端、笙悟は頭を抱えた。
辺りもやんややんやと何か言い始めている。



「……はぁー、っとにアイツは…」


「……知り合いっぽいな」



大きく溜め息を吐いてるあたり、これがアタリ。
しかも、結構深い仲なのだろう。



「だったら、止めてくれない?戦わないと攫った子返してくれないらしくて、今友達が戦ってんだけど」



ひらりひらりと舞うように避けているファイを指さす。
よく見ると、少し怪我をしているようだ。

笙悟はもう一つ大きく溜め息を吐いてから、顔をあげた。



「…、お前巧断は?」


「攻撃が外に出て被害が出ないように、バリアにしてて動けない」



もう一度、ビシリと戦い最中を指さす。
プリメーラの攻撃はまたファイに避けられ、空の彼方へと飛ぶ。
しかし、ある程度の場所まで行くと完全にそれは消えた。

笙悟は瞬きを繰り返した。



「…アレか?」


「そう、アレ。巧断に頑張ってもらってる」


「…………へー」



今迄表情的に呆れだとか、そういうものだったのだが。
の巧断の能力を見た途端、彼の表情は一変した。
喜々とし、目を輝かせている。

子供がオモチャを見つけたときのそれに似ている。
そんなことを考えていると、彼は勢い良くその場に立ち上がった。



「よし、じゃあ、どうせだからそのままバリア張ってろよ」


「は?」



どうせだから、とは一体何のことだ。
プリメーラを止めることを言ったというのに、何故まだバリアを張る必要があるのだろうか。
口の端を上げたままの、彼の思考は読めない。

ユラリと浮かぶ何か。
顔をあげれば、後ろにそれはあった。
水を纏った笙悟の巧断が、空に浮かぶ。



「止めてやるよ」



攻撃でか。
の顔が引き攣る。

しかし笙悟は笑ったまま巧断を動かした。



「ちょ、ちょっと?別に攻撃とかしなくても止めてくれれば」


「別に攻撃するわけでねーって」


「いや、その笑みが信じられないんだけど!」


「任せろって」



一体何があるんだ。
はわたわたと視線を動かして、戸惑う。

途端、大きな爆発音が響いた。
音の元は城のもと。
視線をそちらへと向けると、屋根が崩れ落ちるのが見えた。



「正義!モコナ!」



崩れたそこは、正義とモコナが吊るされていた場所。
屋根と一緒に落ちる彼らが見える。
青ざめて、は大声をあげて立ち上がった。

正義を支えようとする彼の巧断も見える。
重力には逆らえない。
このままでは地面と衝突して、死んでしまう。

叫ぶの頭に、大きな手が優しくおかれた。
隣にいたその手の持ち主は、笑みを浮かべたまま。



「Calling!」



大きな声が響く。
それに呼ばれたように、飛んでいた笙悟の巧断が素早く動く。
身体を捻り、そのまま落ちていく正義とモコナを、背中で受け止めた。

無事な姿が見える。
はほっと安堵の息をこぼして、その場に崩れ落ちた。
















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