正義の巧断は、正義を守ろうとする。
だからこそ、彼に近づいたら攻撃されるだろう。

あちこちに光線を吐いているのは威嚇のようなもの。
それでも本気なのは、サクラの羽根のせい。



「近寄ったら、小狼君にも怪我を…!!」



にも掠り傷とはいえ、怪我を負わせた。
バリアを張っていても、だ。
きっと、近寄ればそれだけでは終わらない。

しかし、小狼はそれを知って尚、正義の巧断へと向かった。
炎の巧断の力を借りて、羽根へと手を伸ばして。


は近くの電灯の上に足を下ろした。
翼は生えたまま、色の違う両目で正義の巧断の腹に突っ込む小狼を見つめている。


(……)


正義の巧断の視線が小狼へと向く。
へとはもう、向かない。



「僕の巧断から火が!!」



巧断が小狼に集中しているからこそ、彼に攻撃が向かう。
お腹から火が出て、小狼を包む。
炎の巧断を纏っていても、それは隙間を狙って肌を焼く。



「やめろー!!小狼君が!!!」



涙ながらに叫ぶ正義を見ながら、は自分の翼を手放した。
巧断が、元の形に戻っていく。
黒い虎と白い竜。
は瞳の色を戻さないまま、その一体となった二つを撫でた。



「…もう、こっちへの誘導は無理だよな」



巧断は向かってくる小狼に集中して、辺りには何の配慮もなくなっている。
きっと、今は攻撃したとて、小狼にいくのだろう。

静かに頷く自分の巧断に、は微笑みかけた。



「じゃあ、出来るだけ小狼の怪我を少なくできるように、やってみてくれる?」



炎の巧断も防ぎきれない火ならば。
の巧断でも、防ぎきれないだろう。

それでも、少しでも怪我を減らせるのなら。



「もう光線は吐かなさそうだし、俺は大丈夫だから」



こちらには攻撃がこない。
だからこそ、巧断を、攻撃の向かう小狼へ。

今出来ることは、それしかない。

真剣な眼差しは、巧断へと伝わり。
一つとなった彼らは小狼の元へと飛んで、優しく包み込んだ。
全てを助けられるわけではない。
それでも、小狼への火の攻撃は、少しばかり緩和したのが見える。

これで安心とまでは言えない。
顔を顰めても尚、集中するしかない。


(……歯がゆい、な)


これしか出来ることはない。
どんなに小狼が怪我をしても。

それはだけではない。
正義は泣きながら、必死で巧断に呼びかけていた。
自分に、それしか出来ないことに悔やみながら。



「小狼君が……死んじゃうよ!!小狼君!」



憧れである彼が死ぬなんて耐えられない。
自分のせいであれば、尚のこと。

そんなこと、誰だって分かる。
だが、はその言葉に、酷く反応した。



「小狼は死なないっ!!!」



声を大にして。
青空に叫ぶ。

心の声に反応し、の巧断は力強く輝いて小狼を包んだ。
皆が一斉に息を呑む。



「…君…」


「絶対に、死なないっ!!!よく見ろっ!!」



正義が目を見開く。
しかし、は拳を握り締め、そのまま叫んだ。
真剣な瞳は、しっかりと琥珀を映す。

促されるように、つぶらな瞳がまた小狼を映す。
火と炎に包まれながらも、真剣な瞳が手と同じく巧断の身体を貫いていく。
少しながらも、透明なバリアが包んでいる。
肌を焼きながらも、その手は衰えることを知らない。

信念。
それだけでは括れない瞳。



「…小狼君…」



涙が流れて歪む中でも、しっかり見えるその姿。
それはまるで、何かが心の中に流れてくるかのよう。
尊敬を通り越して、感動をも超えたこの感情は何というのだろう。

熱い何かが、心を包んでいく。
小狼の、巧断への炎の攻撃で、自分の胸が焼けるように熱くなる以上に。



「熱っ!!」



高熱が巧断を介して、正義へと届く。
胸を押さえる彼に、小狼はすぐに振り返った。



「正義君!!」



苦しい。
痛い。
熱い。

だけれど。



「取…って下さ…い!」



それよりも熱い何かが、心にあるから。
正義の巧断も苦しそうに呻きながらも、攻撃を止めている。
制御しつつある中、彼は大きく口を開いた。



「僕の巧断の中にあるものが、小狼君の探してたものだったら、ちゃんと渡したい…!」



ずっとずっと、探していたもの。
それが、自分の中にあって、彼が欲しているもの。
彼の瞳を強くするそれが、自分にあるのなら。



「だから、熱くても平気です!!」



小狼も熱いはずだ。
肌を焦がしても、何も言わずにそれを求めている。
自分よりも、熱いはずの彼がいる。

彼に渡すためなら頑張れる。

これが。

正義の信念になる。


正義の覚悟を読み取った小狼は、また手元に瞳を戻した。
火に焼けていく手と身体。
しかし、それを和らげてくれるバリアがある。



「行けっ小狼〜!!!」



がいる



「取って下さいー!!」



正義がいる




そしてこの手の向こうに

サクラがいる




炎が身体全体を包んでいく。
熱くなる中、必死で手を伸ばす。

の援護と、正義の叫びを感じながら。
向こうにサクラの笑顔を信じて。


(絶対に、取る…!!!)


心の叫びは、手を羽根へ近づける。
光輝くそれに、手を伸ばし。


太陽を、掴み取る。











羽根が巧断から取り出された瞬間、暴れていた巧断は小さく、元へと戻っていく。
必然と、手の中にあった正義もろとも地面へと落ちる。
その二人を、小狼の巧断が背中で受け止め、本人はしっかりと着地した。

飛び火したそこらの炎を、雨が消し去ってくれる。



「笙悟さんの巧断…」



ただの雨ではない。
優しいそれは、笙悟の巧断が起こしてくれたもの。
彼はゴーグルをつけたまま、笑んだ。



「とりあえず、火事になるのはふせげたかな」



破壊は防げなかったが、というからかいの意味を込めて。

炎が雨で消される中、煙があちこちからあがる。
の巧断は既に、の元へと戻ってきていた。
瞳は紫苑へと戻っている。



「…ありがとう。お陰で、取り戻せたよ」



小狼を見ながら、は小さくお礼を述べた。
擦り寄る二つの頭を撫でて。
彼の手の中の光は、力強さを優しいものへと変えていた。

小狼の声は聞こえない。
だが。


嬉しそうに泣きそうな。
彼の表情が見える。



はそれを見て、小さく笑んで。
静かに背を向けて地面へと降り立った。














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