正義達と別れてから、小狼達は全員、またアパートへと戻ってきた。
完璧に、ここから旅立つために。

は元の服へと着替えていく。
気合を入れるように赤いジャケットを腰に思い切り巻いた。
ワンショルダーバッグを、肩へとかける。
これで準備は完璧だ。

着ていた服は不器用ながらも畳んでおく。
掃除もしておいた。
勿論、完璧に綺麗とは言えないがこれは気持ちの問題だ。
…ということにしておいた。


外に出ると、もう皆は用意が出来たらしい。
全員が此方に来る前の服装へと戻っている。

眠そうにサクラが立っている横に、はすぐに近づいた。



「おはよ、サクラ」


「あ……おはよう…、くん」



虚ろな翠の瞳。
まだあまり回らないだろう頭で、ちゃんとの名前を紡ぐ。
は嬉しくなって、笑顔で頷いた。

彼女の肩には、見守るようにモコナがいる。
お互いに笑い合い、アパートを見上げた。



「もう行くんか」


「はい」



空汰の声に、小狼が頷く。
悲しそうな顔をする彼に、も少し顔を歪ませた。



「まだまだ、わいとハニーの愛のコラボ料理を堪能させてへんのにー」


「ああ!それが一番悔しいっす空ちゃん!!


〜!!



短い付き合いの笑いの師匠と弟子。
といっても、何も指導もなかったが。

お互い悔しそうにひしっと抱き合う。
ちなみに嵐はそれを無視して小狼から財布を受け取っていた。
いい加減、つっこむのが疲れたらしい。



「大丈夫ー?」


「まだちょっと眠いだけだから」



まだ足元がおぼつかないサクラに、ファイが優しく話しかける。
彼女はそれでも、笑顔で頷いた。

は空汰に抱きつきながら、横目で小狼を見やる。
琥珀の瞳はまだ、悲しみに揺れている。

それでも、進まなければ。
は空汰から離れて、今度は嵐にも抱きついた。



「嵐さんも、有り難う!」


「どういたしまして」



空汰とは違う抱き心地。
冷静な声と優しい手。

近くから空汰が嫉妬する声が聞こえる。
しかし、その声よりも。
の耳に届いたのはそれより距離としては遠いはずの、黒鋼の低い声だった。



「下を向くな」



下を、向いていた小狼への言葉。
琥珀の瞳が向けられても、彼は紅の瞳を真っ直ぐと前だけ見ていた。



「やらなきゃならねぇことがあるんなら、前だけ見てろ」



厳しいことかもしれない。
しかし、それを助言として受け取るのならば。

黒鋼が紡いだものは。
優しい、言葉だ。



「…はい」



小狼がしっかりと頷く姿に、はほっと安堵の息を零した。
そこでようやく嵐から離れる。
お互いにニッコリと笑いあって。
それを遮ったのは勿論、旦那だった。



「何やわいのハニーに調子にのって抱きつくなんて!!


「ハッハッハ!子供の役得〜」



威嚇する空汰に笑顔で言ってのける。
逆に嵐は無表情に戻ってしまった。
それを見て、はクツクツと笑って小狼のもとへと走った。

お別れは終了。
と小狼が頷きあって、ファイと黒鋼へと視線をやる。
彼らも行く準備は万端、と笑顔と視線で応える。
サクラもファイの隣にいて、大丈夫のようだ。



「モコナ」


「うん!」



モコナを呼べば、笑顔で翼を広げる。
白い、大きな翼の下には綺麗な文様の魔方陣。
そこから光が溢れていく。



「ほんとうに有り難うございました」



光と魔方陣の上。
そこに五人が乗る。
小狼がそうお礼を述べると、空汰はヒラヒラと手を振った。



「なんの!気にするこたぁない」


「次の世界でも、サクラさんの羽根が見つかりますように」



嵐が、願うようにそう言葉にする。
それが何故か心に沁みるようで、はそれにつられるように微笑んだ。
風が優しく髪を揺らす。



「空ちゃん、嵐さん。…元気で」



はそう口にして、そのまま頭を下げた。
深く、深く。

途端に強くなる風。
モコナが発動し始めたのだろう。
は顔をあげて、口を大きく開いた。



「さよなら!!」



別れの言葉を。
大きな声で。
笑顔で。

消えていく、嵐と空汰の寄り添う姿。
阪神共和国の街並み。



「侑子さんが見込んだヤツらや。これから何があっても、切り抜けていくやろ」


「…ええ」



彼らのその言葉が紡がれる頃には。
小狼達がいたであろうそこに姿はなく、優しい風だけが名残惜しそうに吹いていた。











異世界へ旅立つための真っ黒な空間。
星が流れるように、時が流れるように飛んでゆく身体。



『我が主』



後ろから、誰かが呼ぶ声がする。
知っている、その二つの声が混じり一つとなるそれ。


(……光竜、虎闇……)


後ろを振り返って見えたのは、自分と共にいてくれた巧断。
彼らは、いや、彼は。
四つの瞳を細めてを見ていた。


(…有り難う…)


声は出ない。
口しか動かない。

しかし、しっかりとその言葉を理解したようで、四つの翼は大きく羽ばたいた。



『…また、逢えよう、我が主よ』


『我等はまた、巡り、逢う。違う形であろうがな』



心に響く声。
四つの視線が、心地よくを抱きしめてくれる。



『何故かを、主はいずれ知るだろう』


『それまでは、しばしの別れだ』



一体何を意味するのか。
何のことなのか。

分からない、知らないという言葉で括りながら、はどこかで納得していた。
また、彼らに、いや彼に逢えることを。
違う、形で。

確信に近い感情。
は消えていく巧断に、しっかりと頷いた。


(じゃあ……また、な)


さよならではない。
また逢えるならば、言葉は「またな」。
笑顔で、そう口を開けばやはり声は出ない。

だが、巧断は嬉しそうに瞳を細めて消えていった。





異世界の旅は続く。

この真っ暗な空間の中に、光が見える限り。














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