他の異世界組、そして空汰にも挨拶を交わしたに、嵐は小狼たちの隣の部屋のドアを開けてくれた。
中を覗いてみれば、間取りは先程の部屋と全く一緒だ。



「ここを使ってください」


「はい、ありがとうございます嵐さん」



靴を脱いであがると、布団はとっくのとうに敷かれていた。
どうやらや小狼が気絶している間に他の部屋の布団は先に敷いてしまっていたようだ。
有難いことこの上ない。
傍らに持っていたワンショルダーバッグを置いては一呼吸置いた。



「明日の朝、この世界の服を持ってきますね。その後、朝食にしましょう」


「あ、ありがとうございます!何から何まで…助かります、本当」



衣食住の全部が完璧に揃う。
本当に有難いことだ。
むしろ、本当にいいんだろうかこんなによくしてもらって…という思いが頭を占めてしまう。

しかもは一人部屋。
これなら女だということは誰にもバレることはない。



さんの服は男性のもので宜しかったですか」


「あ、はい!お願いします!」



嵐の質問にはしっかりと頷いた。
が、心の中ではすっかり諦めの境地。


(…嵐さんと空ちゃんにはバレてんな〜女だって)


部屋を黒鋼とファイ、そして小狼からも離したこと。
モコナとサクラを覗いたら女だというのは一人。
そして今の質問だ。

は苦笑を零した。



「…どこで気付きました?」


「元、巫女ですから」



嵐のそのままの答えに、はあぁと納得した。
霊力で性別を見分けるとは聞いたことはないが、彼女なら出来そうだ。
誤魔化しは利かなさそうな、そう、侑子と同じような瞳を持っているのだから。

嵐が玄関へと戻っていく。
後ろからがそれを追いかけて見送る。



「ここの部屋の物は何でもお使いくださいね。では、おやすみなさい」


「おやすみなさい、嵐さん」



扉が閉められる。
は嵐の後姿を見てから、あちこち探索し始めた。

下宿、なだけあってトイレにお風呂、そして洗濯機まで備わっている。
しかもタオルなども置いてあるのだ。



「至りつくせりってのはこのことだな…」



改めて自分を見てみると、雨で汚れた服が見えた。
拭いた、とはいっても水滴がつかない程度のもので、服など乾くはずもない。
今更ながら湿った服が気持ち悪くなる。



「…洗濯機で洗濯させてもらって…風呂も入らせてもらおうかな」



寝るときのための服と下着は用意してある。
それらを確認した後、は嵐のお言葉に甘えることにした。
洗濯機を回してる間に風呂に浸かる。
長時間風呂に入って疲れを取ったは、今度は洗濯した服をハンガーにかけて干した。
持参した歯ブラシで歯を磨く。



「あぁ…本当にここに来てよかった」



ふわふわの布団に倒れこむ。
太陽の香りが漂うそれに、すぐに眠気が襲ってきた。
電気を消して、もそもそとその中に入る。

あまりにも心地良すぎるその布団。



「…幸せ…」



先程まで気を失っていたというのに、もう意識が朦朧。
眠気に逆らうことなく、はすぐに意識を飛ばした。



















真っ暗な闇

小さな光はまるで砂のようにあちこちに散らばっていて

足は水面のような地面の上




「…ここどこ?」



気がつけば、はそこに立っていた。
自分と、自分の影が見える、その場所に。

歓喜も感じなければ恐怖も感じない。
ただそこに『在る』ことだけ感じられる。

一歩踏み出せば小さく波立たせる地面。
の姿を映したそれは揺れて、映像をかき消すかのよう。
不思議なその空間に首を傾げながら、は前を向いた。



「…誰?」



何かが来る。
それをまるで誘うように、耳にあるピアスが優しく音を奏でた。





現れる、暗闇を溶かす眩しい光。

あちこちに散らばっていた光を吸い込む、闇。


相反するその二つが一つになっていく。




『『我等は光と闇を司りしもの達の主』』



二つの男性のような声。
脳に直接語りかけてくるよう。

紫苑の瞳に、彼等は映っていた。



三メートルほどあるだろう黒い虎に、それ以上の大きさの白い竜が巻きついている。
その姿はまるで、昔、神として慕われた玄武のようだ。
違うのは、玄武とは亀に蛇が巻き付いているようなものだということ。

黒い虎は凛々しく百虎を思い出させ、竜は壮大で青竜を思い出させる。
そして各々、蝙蝠のような翼と鳥のような翼がついている。


(…青竜、玄武、百虎、朱雀…を全部足してモノクロにした感じだなこりゃ)


は驚くことなく、一人で感心していた。

圧倒的な『力』を感じる。
彼等の瞳は鋭くも、強い。
しかし、敵意は感じないことから特に恐怖を感じない。
むしろ心の中は『歓喜』という感情が占めていた。




『我等に相応しいものを永い間待ち続けていた』



白い竜が口を開く。
声は高い方だ。
今度は黒い虎が同じように口を開いた。



『力が欲しいか』


「欲しい」



低い声の質問に、は戸惑うことなく答えた。
あまりの回答の早さに黒い虎は目を瞬かせたのが見える。



『力を得、何を欲する』



若干、白い竜の瞳が鋭さを増した。
疑うかのように、細まっていく。
はそれに視線を合わせ、しっかりと口を開いた。



「争いに巻き込まれたときに足手纏いになんてなりたくない。そして小狼を手伝いたい」



戦う術を持っていない自分が争いに巻き込まれたら、皆の足を引っ張るだろう。
この世界でも何があるか分からない。
ならば、せめて足手纏いにならないように。

そして出来ることならば、小狼の手助けをしたい。
サクラを助けようと、無茶をして突っ走りそうな彼を。



「俺に『力』があるなら、それで出来ることはなんでもする。俺の、目的のためなら」



目的は言わない。
それはまた別の話だ。

白い竜はその答えに満足したようだ。
口元が弧を描く。
黒い虎も不敵な笑みを見せた。



『ならば選べ。光を司り、手助けとやらが出来るであろう光竜<こうりゅう>か、それとも闇を司り、戦う術を持つこの虎闇<こおん>か』



二者択一の問い。

光を得るか、闇を得るか。
手助けを取るか戦う術を持つか。

相反する二つのもの。
それぞれ逆の性能を持っているであろうそれ。
の願いはニ分割にされ、どちらかを選びどちらかを捨てなければならない問い。


彼等の笑みが増す中、は真剣な眼差しのまま口を開いた。





「光があるから闇は生まれ、闇があるから光は生まれる。君達は二つで一つだろ。俺は『両方』選ぶよ」









光は闇を生み、闇は光を生む

相反し、対照のようで



それらは


二つで





一つ








紫苑の瞳が彼等を射抜く。
紡がれた言葉は脳へと響く。

白い竜…光竜は満足したように微笑み、黒い虎…虎闇はニヤリと笑ってみせた。
求めていた答えを戸惑いもなく言い切ったに。



『…やはり主は面白い。永い間待っていただけある』


『汝の決意の心の強さ、確かに認めた。我等を宿し、己の目的のために使え』




光と闇が混ざり合い、彼等の姿はなくなった。
混ざり合ったそれがの元へと近づく。

そして吸い込まれるように、胸へとそれは入り込んだ。



















瞳を開ければ窓から零れる朝の光が目に入った。
胸が温かく感じられる。



「………変な夢」



時計の針は五時を指している。
まだ眠れるだろう。
は夢を気にすることなく、二度寝に突入した。










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